14 シャンテルに拘る王太子と皇子
夜会の参加者がサッと身を引いて道を開けるのが、シャンテルには人々の間から見て取れた。
嫌な予感を思わせるその足音が近づいてきて、シャンテルは身構える。
「やっと見つけたぞ。シャンテル」
現れた人物にシャンテルは“やっぱり”と嫌な予感が的中したことを知る。
「アルツール王子……」
シャンテルの口から飛び出た名前にエドマンドが「へえ? 彼がギルシアの王太子ですか」と呟く。
ジョセフは一瞬驚いた顔をして、それから眉間にシワを寄せた。他国から来た三国の王族が一堂に会したことで、近くにいる貴族たちがざわつく。
「黒髪の方、デリア帝国の皇子殿下ですって! とても素敵ね」
「ギルシアの王太子殿下はシャンテル様と同じ銀髪だわ」
「わたくしはこの前、ハムデアミ公爵家の夜会で王太子殿下のお姿を拝見しましたわ」
「まぁ道理で。先程から随分横暴な態度だと思っていましたのよ」
ひそひそ話がシャンテルの耳に入ってくる。エドマンドやアルツールにもその声は届いている筈だが、二人は全く気にしている様子がない。それどころか、アルツールがシャンテルに一方的に話しかけてくる。
「隣にいるソイツは誰だ?」
未だシャンテルの手を取ったままのエドマンドをアルツールが睨みつけた。その姿にシャンテルは冷や汗が出そうになる。
相手はデリア帝国の皇子だ。それを“ソイツ”呼ばわりしたのだから、シャンテルがハラハラするのも無理はない。エドマンドは害がなさそうな顔をしているが、笑顔の裏で何を考えているのか全く読めない。
デリア帝国は武力に優れた大国だ。アルツールがエドマンドに対して失礼があったとなれば、ギルシア王国がどんな目に遭うか、想像に難くない。
「こちらはデリア帝国のエドマンド第二皇子です」
緊張の中、シャンテルは何とか答えた。
「ほう? 彼がデリア帝国の」
値踏みするような視線をエドマンドに向けるアルツール。そして、フッと息を吐くと真っ直ぐエドマンドを見据えた。
「アルツール皇子、シャンテル王女をこちらへ」
真剣な表情でアルツールは手を差し出した。先ほどの口振りからして、アルツールは会場でずっとシャンテルを探していたようだ。
恐らくそれは、シャンテルがここ数日のらりくらりアルツールを避けていたからだろう。どんな用事かは考えるまでもない。
シャンテルはこの場に留まるのも、アルツールの元に行くのも“どちらもお断りです!”と、心の中で叫ぶ。
シャンテルがジョセフと話していたときは、周囲も思い思いの人物と談笑していて、シャンテルたちを気に留める人は殆どいなかった。
だが、今や注目の的だ。セオ国の王子たちですら、少し離れたところから様子を窺っている。
いつもなら割り込んできそうなジョアンヌも、アルツールがいるからなのか、それともマーティンに庇われているからか、こちらの様子を窺うだけで動く気配がない。壁際で会場全体を警備しているカールも、こちらを気にしていて、出ていくか迷っているようだった。
その時、グイッとエドマンドがシャンテルの手を引き寄せた。
「あっ!」
あまり慣れていない高いヒールを履いているシャンテルは、突然のことにバランスを崩して、あっという間にエドマンドの腕の中に閉じ込められる。
「っ!? エ、エドマンド皇子!?」
驚きながら、シャンテルは身を捩ってエドマンドの腕の中から抜け出そうと試みる。だが、シャンテルをしっかり抱き留めた彼の腕がそれを許してはくれない。
シャンテルは抱き締められたことで身体が密着し、エドマンドの身体がかなり鍛え上げられていることに気付いた。見た目は細身のエドマンドだが、剣術が好きと言っていただけある。
「〜〜〜〜っ!!」
男性にここまで密着されたことがないシャンテルは、身体を硬直させた。更に恥ずかしさで顔か赤く染まっていく。
「離して下さい!」
力では敵わないと分かったシャンテルは、せめてもの抗議を口にする。堪らず駆け出してきたカールが、エドマンドの前で膝を付いた。
「エドマンド皇子殿下、ここは皆様の目があります。どうか、シャンテル様を離していただけないでしょうか?」
だが、二人の頼みを無視して、エドマンドの視線は真っ直ぐアルツールへと向けられていた。
「嫌だと言ったら?」
「なに?」
呟いたアルツールが視線を尖らせる。
「何故、貴殿がシャンテルに拘る?」
「そちらこそ、何故シャンテル王女を?」
な、何これ……
目の前で繰り広げられている状況が、シャンテルは今一つ理解できなかった。まるで、エドマンドとアルツールがシャンテルを取り合っているような展開だ。初めてのことに、シャンテルは酷く困惑する。
「シャンテルは俺の従妹だ。従妹と話して何が悪い」
デリア帝国の皇子相手にアルツールは畏怖するどころか一方も引かない。シャンテルだけでなく、このやり取りを見守っていた貴族たちは緊張していた。それぞれ息を呑んで、事の成り行きを見守っている。
「そうですか、それは申し訳ありません。ですが、先にシャンテル王女に話しかけていたのは俺です。それに俺はシャンテル王女が気に入りました」
「へっ?」
“気に入った”という、想像もしていなかった言葉にシャンテルは間抜けな声を漏らした。




