11 ロマーフ公国とルベリオ王国
二年前、ルベリオ王国の南部は雨に恵まれなかった。何も対策を取らなければ、日照りや干ばつにより、作物の収穫が例年以下になることが予想された。
そこで、シャンテルはまず他国から食料の輸入を増やした。それから、国内の野山に自生する山菜の収穫や漁業に力を入れることを提案し、国王を通して命じた。
更に、翌年も同様の被害に見舞われる恐れを危惧して、暑さに強い作物の生産に力を入れた。
今まで人の手が入っていなかった土地を新たに開き、そこに落ち葉や稲ワラ、刈草、牛糞を使った堆肥を巻いた。そして、干ばつ対策として敷わらや敷草をして、土壌水分の蒸発を極力抑制する工夫を行った。また、用水路の確保にも努めた。これには人手が必要だったため、騎士団から人を派遣した。
幸いにも翌年は例年通りの気候で、ルベリオ王国から飢餓の危機は去った。対策のお陰で逆に豊作となり、前々年までより多くの作物が収穫出来たのだ。
だが、いつまた飢餓の危機に見舞われるかわからない。そのため、対策は現在も一部継続して行われている。
これらの対策は、ルベリオ王国でその道に精通している者に意見を聞いて取り入れたものだった。
シャンテルがニックの案内で国王とロマーフ公の元に向かうと、そこには息子のジョセフの姿もあった。
シャンテルは到着して直ぐに詳しく話を聞いた。すると、ロマーフ公国に日照りや干ばつによる飢饉の危機が迫っているかもしれない。という心配は杞憂に終った。
公爵は噂程度に耳にしていたその当時のことを聞きたかっただけのようだ。
「夜会の前にシャンテル王女にお逢いできて光栄です」
「ロマーフ公、ありがとうございます」
何事もなくてよかった。とシャンテルは胸を撫で下ろす。
ロマーフ公国は二百年ほど前までルベリオ王国の国土だった。当時の国王はルベリオ王国と同盟国として関係を保つことを条件に、公国の独立を認めたといわれている。
つまり、ロマーフ公国の王族はシャンテルたちとは遠縁の親戚にあたり、彼らもルベリオ王家の血を継いでいた。公爵は金髪碧眼だが、息子のジョセフはロマーフ公に似た顔立ちと髪色に、隔世遺伝で赤い瞳を受け継いでいる。
「しかし、シャンテル王女がこれほどお詳しいとは驚きました。国王陛下はシャンテル王女を立派な後継者に育てられたのですね。素晴らしい御息女がいらして、さぞ安心でしょう」
ロマーフ公の言葉に国王が「ははは」と笑う。だが、その表情は固い。それもその筈で、国王がシャンテルに何かを教えたことはない。ただ公務を押し付け、関心もなく放置しているだけだ。
シャンテルをここまで育てたのは、ニックを筆頭とする宮廷官僚だろう。
「ですが、うちの愚息も負けておりませんぞ。数年前から、ジョセフにも私の仕事を手伝わせているのです」
そう言って、ロマーフ公が話を始める。
あぁ、これは……
ロマーフ公による売り込みが始まったと、シャンテルは悟った。
公爵には長男がおり、彼が公爵の後を継ぐ。だから次男のジョセフをルベリオ王国の王配にしたいのだろう。
公国のジョセフが王配になったら、ルベリオ王国からロマーフ公国へ何かしらの支援を求められそうだ。そう、例えば日照りや干ばつによる飢饉が実際に起きたときは、そのノウハウを教えてほしいと言われるのだろう。
嬉々として語る公爵を見ていると、シャンテルはエドマンド皇子の時とはまた違う居心地の悪さを感じた。時々目が合うロマーフ公の視線から逃れるようにジョセフを見ると、にこりと微笑まれた。
「シャンテル様、お元気でしたか?」
「えぇ。ジョセフ様もお元気そうでなによりです」
ロマーフ公国とは数年に一度、交流がある。
主に、ルベリオ王国を訪れるのは公爵とその長男が多いが、何度かジョセフも来たことがあるため、二人は顔見知りだった。
「久しぶりにお会いできて光栄です」
「私もです。滞在期間中はゆっくりお過ごしください」
シャンテルは社交辞令程度にジョセフと言葉を交わした。そして、席を外すタイミングを探りながら、父たちの会話に耳を傾けた。




