10 シャンテルとエドマンドの探り合い
「シャンテル王女は何がお好きですか?」
「甘い物なら何でも好きです」
「では今度、我が国の料理人にデリア帝国で流行っている菓子を作らせましょう」
「……お気遣い、ありがとうございます」
先程からシャンテルはエドマンドからの質問攻めを受けていた。
趣味は? 得意なことは? と、次々繰り出される質問に「読書です」「得意というほどではありませんが、体を動かすことは好きです」と、無難な答えを返している。尚、嘘はついていない。
「他に好きな物はありますか?」
永遠とも思える程長く続くエドマンドからの質問。そろそろ返しに困ってきたシャンテルは「あの……」と、話の腰を折る。
「先程から私に質問してばかりですよね? ジョアンヌのことも知っていただきたいのですが……」
このままでは「お姉様ばかりエドマンド皇子とお話して!」と、後で嫌味の一つでも言われそうだ。
そう感じて、話題をジョアンヌに移そうと試みる。だが、それはにこりとした微笑みと共に跳ね返された。
「問題ありません。シャンテル王女がいらっしゃる前にジョアンヌ王女にもお尋ねしましたから」
思わずシャンテルがジョアンヌを見る。皇子の前ということもあってか、特に気にしている様子もない。彼女は機嫌が良さそうな笑顔を浮かべていた。
どうやら本当みたいね。
だがそれは、沢山質問できるほどエドマンドを待たせていたことになる。その事に気付いたシャンテルはサァッと血の気が引く。
「あ、あのっ……私、約束の時間より少し早く来たつもりでしたが、かなりお待たせしていたようで、申し訳ありません」
シャンテルが青い顔で答えると、エドマンドが不思議そうな顔をした。
「私は約束の時間が早くなったと聞いていたのですが、シャンテル王女には連絡がありませんでしたか?」
「え……?」
それは初耳だった。チラリとジョアンヌやその侍女に視線を向けると、薄く笑みを浮かべている。どうやら、シャンテルには意図的に連絡しなかったらしい。
到着したときに遅くなったことを一言謝ったため、エドマンドもシャンテルが遅れたことを特に気に留めていなかったようだ。
危ないわ。一歩間違えていたら、デリア帝国の皇子に失礼で非常識な王女のレッテルを貼られていたかもしれないわ……
シャンテルは一瞬想像してゾッとした。エドマンドが「手違いがあったようですね」と笑い飛ばしてくれていることが救いだった。
「それで? シャンテル王女が甘い物の他にお好きな物は?」
エドマンドが気を取り直して尋ねてくる。何度も繰り出されるエドマンドからの質問は、まるでシャンテルに言わせたい何かがあるみたいだった。
「因みに、ジョアンヌ王女は宝石が好きで、特にサファイアとダイヤモンドが好きだと聞きしました。シャンテル王女もやはり宝石がお好きですか? 宜しければ、お二人に贈り物をさせていただきたいです」
「まぁ! 良いのですか!?」
エドマンドからの提案にジョアンヌが嬉しそうな声を上げる。「勿論です」と笑顔で頷くエドマンド。だが、やはりシャンテルは胡散臭さを感じていた。
大陸全土を統一しようとしているデリア帝国が、小国の王女二人に見返りも求めずに宝石を贈るかしら?
そんな上手い話がある? と、思考を巡らせる。そんなことをして、エドマンドやデリア帝国にどんなメリットがあるのだろう。
「そう言うエドマンド皇子は何がお好きですか?」
少し探ってみようと考えたシャンテルは、逆に質問を返す。すると、それまでにこやかだった彼の目が細められた。
再びエドマンドの雰囲気が変わった気がして、シャンテルはもしかして、聞いたらまずかったかしら? と、息を呑む。だが、「そうですねぇ」と、エドマンドは勿体ぶるように呟いた。
「俺は剣術が好きです」
「剣術、ですか」
それで騎士団の訓練を見学したいと言ってきたのね。
納得するシャンテルに「それから」と付け足す。
「お二人のように麗しい姫君も好きです。何を隠そう俺は花嫁を探していますので」
ジョアンヌは「まぁ」と照れたように声を漏らし、扇子を広げて頬を隠した。対するシャンテルは表情を変えず、冷静に分析する。
要するに、エドマンドは王配の座を狙っているのだろう。宝石を贈りたいと言ったのは、そのための貢物に違いない。
デリア帝国は第一皇子が皇太子のため、現状エドマンドが皇帝になることはない。王女二人に贈り物をしておけば、後でどちらが女王になろうと、王配になるためのポイントを稼いでおけるというわけだ。
デリア帝国の皇子を婿に迎えることは、ルベリオ王国がデリア帝国に付くことを意味する。
悪くない話ではある。だが、いい頃合いでルベリオ王国がデリア帝国に吸収され、ルベリオ王国の名前が世界地図から消える未来が目に見えていた。
「ですから、夜会にお招き頂けたことに、感謝しているのです」
「そうでしたか。夜会には我が国の貴族令嬢も多数参加する予定です。エドマンド皇子がお気に召すご令嬢に巡り会えることをお祈りしています」
にこりとシャンテルは社交の笑みを浮かべる。
「では今度は俺から質問を。お二人は普段、日中は何をされていますか?」
「わたくしは午前中、淑女としての教育やお茶を。午後は第三騎士団の訓練を指導していますわ」
ジョアンヌの言葉にシャンテルの頭には指導? と疑問が浮かぶ。
ただお茶を飲みながら訓練を眺めているだけよね?
「それは素晴らしい! 騎士団の指導は具体的にどのようなことをされていますか?」
「えっ」
身を乗り出して瞳を輝かせるエドマンドに、ジョアンヌが固まる。ただ訓練を眺めているだけの彼女は騎士たちに具体的な指導をしていない。そのため、助けを求める視線がシャンテルに送られた。
「エドマンド皇子、申し訳ありません。騎士団の訓練に関わることはお話できません」
ジョアンヌが具体的なことを話せないと分かっていたので、シャンテルはあえてエドマンドの質問を止めなかった。元々、それが理由で訓練の見学をお断りしている。
「これはこれは、失礼」
そう口にしているものの、エドマンドは全く悪いと思ってなさそうだ。
剣術好きというのも嘘ではないのだろう。その証拠に剣術や騎士団の話をするエドマンドは生き生きしている。だが、彼は何としてでも、ルベリオ王国の騎士団を知りたいようだ。
うっかり口を滑らせ無いよう、気を付けなくちゃ。微笑みに惑わされたら危険だわ。何しろこの皇子様、とっても整った顔立ちだもの。ジョアンヌはもう落ちかけているようだし、困ったわね。
シャンテルは表情には出さなかったが、内心ハラハラしていた。その時、使用人が「シャンテル様」と声を掛けてくる。
そちらに顔を向けると、ニックの姿があった。そして、彼は周囲に聞かれないよう、そっとシャンテルに耳打ちする。
「ロマーフ公が、二年前にルベリオ王国で行った日照りや干ばつによる飢饉対策の詳細をお伺いしたいと、仰っています」
ロマーフ公がわざわざ尋ねたということは、公国で飢饉の兆しがあるのかしら?
ロマーフ公国はルベリオ王国の西部側に位置している。もし日照りや干ばつが発生していれば、隣接するルベリオ王国にも被害が出る恐れがあった。
国王がシャンテルに助けを求めたということは、二年前に起こったことや対応策を正確に把握していないということだ。
確かに、飢餓対策はシャンテルが主体で進めた案件だ。大方、シャンテルや家臣たちの申し出を右から左に聞き流して承認したのだろう。“その件は経験を積ませるため、シャンテルに動いてもらった。本人から話を聞こうでわないか”とでも言って誤魔化したに違いない。
シャンテルはため息が出そうになるのをぐっと堪える。
一先ず、ロマーフ公国の現状を聞き出して、公国への対策がルベリオ王国が行ったものにも有効な手段か見極めなくちゃ。それから、ルベリオ王国の現状も確認しないといけないわね。
ロマーフ公が近隣国でありながら、早くにルベリオ王国を訪れたのは、このためかもしれない。
そう考えたシャンテルは「すぐに行くわ」と答えて席を立つ。
「エドマンド皇子、大変申し訳ありません。急用ができましたので、私は失礼させて頂きます」
「それは残念だ。俺のことは構わず、どうぞお急ぎ下さい」
「ありがとうございます」
なるべく優雅に挨拶したシャンテルは、急ぎ足でお茶の席を後にした。




