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第2節 『失われた言語』




 商談を終えたシャルロットはアダムを連れて、城内にある自身の研究室(ラボ)に向かう。

 廊下ですれ違う者たちは皆、彼女の姿を見るや否や即座に足を止め、首を垂れる。シャルロットが通り過ぎた後に向かう視線は、もちろんアダム。見ず知らずの不審者だ。

 怪訝な疑り深い視線と表情で警戒心を露にされるが、事情を知らない彼らの気持ちも理解できる。だからアダムは何も不快に思わない。それが当然だというように素知らぬ顔をした。


「ごめんね、おにいさん」


 後ろに目でも付いているのか、とても察しがいい。


「普段はお付きのメイドと護衛騎士がいるんだけど、ふたりとも今は城を離れてるから、彼らも外部の人間には敏感なんだ」


「そういう場合は代わりを用意するものじゃないのか?」


「信用できる人間ならいいんだけどね~。そんな人間、なかなかいないから」


 シャルロット曰く、金に目が眩んで研究中の機密情報を持ち出し、他国の研究者に高値で売買しようとしたメイドが過去にいたらしい。

 それがキッカケで、シャルロットは傍に置く人間を『自分で選ぶこと』にしたようだ。

 つまるところ、今回彼女が一人行動している理由は、彼女の信に値する人物が誰もいなかったから、というわけである。


「はい、到着~。ここが私の研究室(ラボ)だよ」


 シャルロットの研究室(ラボ)は王城の端にあった。

 城から中庭に出てすぐの所だ。

 見るからに警備が手薄で、誰かが侵入しようと思えば容易に侵入できてしまいそうだが、どうやらその辺は抜かりないようだ。

 研究室の建物の周囲を囲うように不自然な石畳が敷かれている。

 そしてそこには『魔法文字(ルーン)』と呼ばれるものいくつも刻まれていた。


(防衛魔法陣……。防御だけに特化した結界じゃなく、外敵に対する反撃も備えた結界か)


 神代の時代の魔法体系、それが『魔法文字(ルーン)』を用いた安全装置(セーフティ)なしの魔法技術。

 非常に強力な分、リスクも大きい。

 そのため現代では、『想像の具現化(イマジネーション)』という新たな魔法体系が確立され、『魔法文字(ルーン)』の魔法技術は完全に廃れてしまったのである。

 あれから二千年──、



(──まさか失われた言語を蘇らせるなんてな)


 口には出さずに感嘆するアダムに、シャルロットは手招きで入室を促す。

 応じるように研究室の中に足を踏み入れると、そこには数々の分厚い装丁本と図面と数式の描かれた無数の羊皮紙が、足の踏み場もないくらいに散乱していた。

 換気もあまりしていないのか埃がすごいし、カビの臭いもしている。

 研究者らしいといえばらしいが、一国の王女が不衛生な空間で日夜過ごしているというのはどうなのだろうか。

 まあ、本人は特に気にしていないようだから、心の中で留めておくが。


「──発火(イグナ)

 

 シャルロットは小粒の魔水晶を油皿に近づけ、着火した。

 窓のない部屋が鬼灯色に照らされる。扉から差し込む日差しだけが頼りだった空間が一気に明るくなった。

 アダムは近くに掛けられていたランタンを手に取ると、蓋を開けてシャルロットの方へと差し出す。するとシャルロットは油皿をその中に入れた。


「自由に見ていいよ」


「いいのか? 機密情報なんだろ?」


 情報漏洩や盗難をとても嫌っていた彼女にしては不自然な発言だ。

 何か深い意図があるのだろうか。非常に気になった。


「今の私はおにいさんのものだからね。おにいさんには知る権利がある、でしょ?」


 シャルロットの所有権はアダムにある。

 ゆえにアダムが命じれば、彼女は研究中の機密情報を開示しなければならない。

 そうなるくらいなら初めから公開してやろうという考えなのだろうか。半ばやけくそになっているのだろうか。と一瞬思うも、彼女の表情から察するにどうやらそれは違うようだ。


「それにおにいさんにこんなの見せたって、どうせ驚かないもん」


「何言ってるんだ。ちゃんと驚いてはいるぞ」


「ちゃんと、驚いては、でしょ?」


 目敏い王女だ。

 言葉の節々からこちらの意図を完璧に読んでくる。全く抜け目がない。


「おにいさんが外の魔法陣を見ていた時に思ったんだけどさ。私の研究してた内容、おにいさん全部知ってるよね? 知ってるというか、元々理解していたって言った方が正しいかな」


 研究室に到着した時、シャルロットは理解してしまった。

 目の前で石畳に刻まれた『魔法文字(ルーン)』を眺めている男が、全く驚いた様子を見せなかった、という衝撃的な光景を目の当たりにして。

 彼が二千年前に失われた魔法体系『魔法文字(ルーン)』を知っているという事実を。


「もしそうだとしたら、おにいさんならそこに散らばってる未完成の設計図とかも見ればすぐに理解できて、完成させるために必要なピースもすぐに見つけられるんじゃない?」


 要は、元から答えが解っているなら、執拗に隠す必要はないという事のようだ。


「研究の邪魔をするつもりはないから答えを言うつもりはないが、概ね君の推論は正しいよ」


 アダムとて知らないことはいくらでもある。

 今回、彼女が研究していた内容の殆どが古代の失われた技術(ロストテクノロジー)に関することだったから、アダムにも理解することが出来ただけだ。

 もしこれが現代あるいは近未来的な新技術だとしたら、その答えはアダムにも解らなかっただろう。


「じゃあさ、ひとつだけヒントちょうだいよ」


「ヒント?」


「うん!」


 シャルロットは徐に席を立つと、部屋の隅に落ちていた羊皮紙を手に取る。

 そしてそれをアダムに見せた。


魔法文字(ルーン)技術を応用した魔道具の開発か。良い着眼点だと思うが、些かリスクが高すぎるんじゃないか?」


「暴走、暴発のリスクは正直否めないね。安全装置を付けることも考えたけど、それじゃあ現代式の魔道具と変わらない。この国を救うにはこれくらい強い魔道具が必要なの」


 だから助言が欲しいのか。アダムの中でストンと腑に落ちた。


「だからどうやったら暴発のリスクを抑えられるか、抑えつつ強力にできるか。その方法を知っていたら教えてほしいの」


「…………」


 アダムは言い淀む。

 設計図に書かれた数式と図面に視線を落としながら。考えていた。


(その方法がないわけじゃない。が、これは教国の秘匿情報だ。それが外部に漏れたなんて教国が知ったら、間違いなく殺しに来るだろうなぁ……)


 世界最古の国、女神信仰の総本山、神聖クリスタリア教国には禁書庫が存在している。

 ストロメリア大聖堂の地下深くにある禁書庫には、二千年前の聖戦で失われた様々な技術や情報が保管されている。

 その中にはもちろん『魔法文字(ルーン)』に関するあらゆる情報もある。

 しかしそれらを知る人物は教国の中でも一握り。

 聖女と教皇、枢機卿、そして聖女直属の十二人の使徒『熾天十二聖(セラフィム)』、そして──、



(──教国の人間以外でその情報を知ってるの、俺だけだもんなぁ……)


 知っている理由は今は伏せるが、口外すれば一瞬で特定される。

 世界最古の宗教国家と敵対なんて絶対にしたくない。というか、聖女に嫌われるのだけは避けなければならない。

 となると、返答は『教えられない』になるんだが……。


(でも、シャロンは自力で魔法文字(ルーン)を解読し、その技術を会得した。もしここで俺が教えたとしても、彼女が自力で編み出したって事にすれば上手く誤魔化せるかもしれない)


「無理そう……?」


 不安げな翡翠の双眸が上目遣いで覗き込んでくる。

 幼気な少女のお願いだ。なんとも断りづらい。が、ここは断った方が後が怖くない。しかし教えてあげたいという気持ちもある。心の中の天使と悪魔が喧嘩する。


「ひとつだけ訊いてもいいか?」


 結局、アダムは彼女の答えに委ねることにした。


「うん。いいよ」


 頷くシャルロットに、アダムは言う。


「何故、この世界から魔法文字(ルーン)技術が消えたと思う?」


「あくまでもこれは推測だけど、かつて人類はその強力無比な力を利用したけど、力の制御に失敗してメリットを上回る被害を出したから──じゃないかな?」


「まあ、そうだな」


 アダムは首肯し、話を続ける。


「二千年前の当時、人類は悪魔率いる魔族の軍勢と戦争していた」


「クリスタリア教の聖典、エイラの黙示録、12章に書かれてる方舟聖戦だね」


 クリスタリア教とは女神エイラを信仰する一神教で、聖女クリスタリアが教祖として二千年前に創設した世界最古の宗教団体である。

 その教えが書かれた聖典には、もちろん過去に起きた出来事も記載されている。

 神が方舟の上に世界を創ったという方舟創世記『ニトの創世記』や、方舟の世界を舞台にした神と悪魔の代理戦争『エイラの黙示録』、等々。

 シャルロットが言っていたのは、後者の歴史『方舟の世界(アルシュ=ノア)で起きた聖戦』の始まりの章、12章だ。

 1章から11章までは開戦までの予兆が描かれていて、聖戦は12章から始まって36章で終わる。楽園の崩壊、神々の死と共に。人類側の敗北で。


「聖戦中に人類は魔法文字(ルーン)技術を駆使して、大量の新兵器を作り上げた。そしてそれは非常に強力だった。強力過ぎた結果、たった一発の攻撃で山がいくつも消し飛ぶほどだったとか。当時は陣中で暴発して軍勢丸ごと消滅するなんて事故も多発していたらしい。その結果、人類は聖戦に負けた」


 この敗北こそが、魔法文字(ルーン)の技術が失われた一因であった。


「もちろんこれが全ての要因ではないと思うが、少なくとも戦力を失った原因の殆どが、魔法文字(ルーン)技術で作られた魔導兵器の暴走だろう。しかし戦後に魔法文字(ルーン)の研究が進み、安全装置(セーフティ)の開発にも成功したようだが、それでも当時のトラウマが尾を引いて魔法文字(ルーン)技術が日の目を浴びる事はなくなった訳だ」


「つまりおにいさんは私に扱えるのか? 扱う覚悟は出来ているのか? って聞きたいわけね」


「有体に言えばそうだな。君の覚悟が知りたい。下手をすれば教国を敵に回すことになる行為だからな。神敵に看做される覚悟はあるか?」


 世界唯一の宗教国家であり、世界最大の宗教勢力が敵になる。

 人類全体の敵になる可能性があっても、それでも魔法文字(ルーン)技術を普及させたいのか。

 その覚悟の度合いを見極めたかった。

 だけど──、



「──愚問だね。やらなきゃ勝てないし、勝てなきゃ滅ぶんだもん。だったら一縷の望みを賭けてでもチャンスに縋るべきでしょ!」


 迷いない選択、確固たる意志、彼女の視線は常に未来(さき)を観ていた。


「……そうか」


 年端も行かない十歳の少女が決死の覚悟を決めているのに、大の大人がここで彼女の想いを無碍にするなんてダサい事は出来ない。

 ゆえにアダムも覚悟を決める。乗り掛かった船に、最後まで付き合おうと。


「だったら教えてやる。魔法文字(ルーン)技術を安全に使う方法をな」


「え! 本当に!? ありがとう、おにいさん!」


 心底嬉しそうに飛び跳ねるシャルロット。

 先ほどまでの冷静な彼女とは打って変わって、今の彼女はまるでテーマパークに行ってはしゃぐ子供のようだ。

 だがまあ、こっちの方が年相応って感じがしてとても良い。

 これから教える内容は全く子供っぽくないが。


「メモは禁止だ。一度しか言わないからよく聴いておくんだ。いいな?」


 コクコクと激しく頭を縦に振るシャルロットに、アダムは思わず苦笑する。

 それから一呼吸おいて──、



「──魔法文字(ルーン)を安定させる唯一の方法は、魔道具を二層構造または多重構造にして、複数の魔法文字(ルーン)で重ね掛けをする事だ」


 アダムは教国が秘匿し続けていた情報を開示した。


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