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第1節 『王女を担保に』




 メルクリア王国は滅亡の危機に瀕していた。

 今から二月前のこと、王国南部に突如として大量の魔物が現れ、人々の住まう都市町村を襲ったのである。

 メルクリア国王は国内兵力の約八割を南部に派兵し、魔物災害(スタンピード)への対応に当たらせた。

 総兵力約十万。だが、それでも戦況は劣勢だった。

 魔物の数が日を増すごとに増えていったからだ。次の日には二万増え、さらに次の日には二万増え、一日に一万体倒しても、減るどころか日に日に増えていく。

 その一方で王国軍は日を追うごとに減っていく。始めは緩やかに、やがて急速に。

 戦死者だけで言えばそう多くはない。しかし負傷者──戦線離脱者──を含めると、もはや敗色濃厚と言わざるを得ない。

 このまま行けばもうあと一月もしないうちに、防衛ラインが王都に切迫するだろう。

 まさにジリ貧であった。


「──それで我々に融資をしてほしいと」


 遊戯都市国家ラノベガスで小さな金貸しを営んでいる男、アダムはそう口にした。

 彼の黒い眼差しは対面に座るメルクリア王に向いている。第七代国王、ミハイル・アイネ・メルクリアはアダムの問いかけに即座に頷いた。


「諸外国に頼む事も出来たのでは? 我々のような一介の商人ではなく、それこそあなた方の宗主国であるミグルス王国にでも」


 メルクリア王国はオルレーゼ大陸東部にある小さな国で、国土の約3分の1が前人未踏の大森林が占める世界的に見ても稀有な国である。

 そのため当然、肥沃で豊かな土地は他国に狙われやすく、建国当初は周辺諸国からの脅威に怯える日々を過ごしていた。

 そんなある時、東部に隣接している大国『ミグルス王国』が滅亡か従属かの提案をしてきた。

 当時の王は悩んだ。しかし時は待ってくれない。最終的に彼が下した決断は『従属』──ミグルス王国の属国として最低限の繁栄を維持する事であった。


「本来ならばそうすべきだろうな」


 半ば諦めのような声が王の口から漏れる。


「宗主国は従属国が存亡の危機に瀕した時、それを守る責務がある。これが国際的な共通認識だ。しかし現実はそう甘くはないのだ」


 王は滔々と話しを続ける。


「何の見返りもなく、タダで、彼の国が軍を動かすわけがない。それはミグルスに限らず、何かしらの相応の対価が必要になるだろう。そのための資金が情けない事に足りていないのだ」


「なるほど。確かに元手がなければ他国に頼ろうにも頼れませんね」


 誰だって何らかの見返りは欲するものだ。

 それが国という大きな括りになれば、その対価もそれに比例して大きくなる。大抵の場合は領土や財宝、もしくは金がその対象だ。

 そして王国側が用意しようとしていたのは、後者。金。

 おそらく融資された金を用いて他国と援軍・支援交渉に入るつもりなのだろう。

 とはいえ問題はその金額である。


「事前にお伺いしていた内容ですと、融資の希望額は金貨三千枚。それでお間違いないですか?」

 

「ああ、相違ない。バルキンガムもそれで問題ないな?」


 王は右斜め後ろに控える初老の男──宰相に問いかける。

 バルキンガムと呼ばれた白髪のアロンジュを被る男は、羊皮紙のスクロールを広げながら何かを確認する素振りを見せた。


「……もしかすると少々不足するやもしれませんが、ひとまずはこちらで問題ないでしょう」


「そうか。であれば、このまま進めてくれ」


「では──」


 先を促す言葉を合図に、アダムは本題を口にする。


「──融資の条件を申し上げます」


 こちらも商売でやっている以上、利益──見返りは必要だ。

 それに金貸しは信用商売。互いにある程度の信頼関係は必要不可欠。絶対に契約を反故にしない、いや、出来ないという強制的拘束力が。


「融資額、金貨三千枚。その担保として、メルクリア王国第一王女、シャルロット・アイネ・メルクリア王女殿下の身柄を預からせていただきたい」


「ふざけるな! 正気か貴様ァ!」


 まあそりゃそうだ。

 実の娘を、しかも、一国の姫君を『担保』にしようというのだ。

 一部の領地や国宝級のアイテムならばいくらでも担保に出来る。だが、たったひとりの愛娘を担保にされる事だけは受け入れられない。

 たとえ国家の存続と天秤に掛けられようとも。


「僭越ながら申し上げますが、金貨三千枚という額は貴国の年間国家予算に匹敵する金額です。それを貸すというのですからそれくらいの担保でなければ見合いません」


 とはいえ、アダムとて家族というものを知らないわけではない。

 けれども商売は商売。人情に絆されていては破滅する。事業が破綻しない程度に、且つ少しでも利益が生じるように、慎重に担保は選ぶ必要があった。


「融資額相当の国有地を担保にするのではいけないのですか?」


 助け舟を出すように宰相バルキンガムが言う。


「それが有効なのは貴国が存続した場合に限ります。滅亡の危機に瀕している状況で国有地を担保にするメリットがこちらにありません」


 メルクリア王国が滅んでしまえば、その土地は誰のものでもなくなる。

 ただこちら側が金貨三千枚の融資をして担保を全て失う、という大きな損失を受けるだけだ。

 滅亡するなら勝手にすればいいが、それでこちらが割りを食うのだけは許せない。道連れにする腹積りなら尚更担保はこちらが提示させてもらうべきだ。


「ですが王女殿下は違います」


 その点、メルクリア王国の第一王女は最高の人材だといえる。


「神々の楽園にしか咲かないとされている青薔薇の栽培に成功し、昨年には学問都市国家アストライアにて、アストライア農学賞を弱冠九歳という若さで受賞した、稀代の天才発明家。そんな彼女だからこそ金貨三千枚以上の価値がある。我々は彼女の未来を守りたい」


 担保にした王女に身売りをさせるとか、奴隷にするとか、そんな事をするつもりはない。

 なんならアダムの営む金融は従業員のほとんどが女性だ。男はほぼいない。そんな中で女性を蔑ろにするような行動はある意味自殺行為だろう。

 それに元から彼女の才能をこんなところで終わらせないために、無理をしてでも融資の話に乗ったのだ。

 世界中の金融商が断った案件なのにもかかわらず。


「それを承諾していただけるのであれば、利子をゼロにさせていただきます」


「…………」


 王は苦悩する。

 国を守りたい。家族を守りたい。臣下を守りたい。民衆を守りたい。彼らの将来を明るいものにしたい。その為にはこの危機を乗り越えなければならない。

 分かっている。本当は解っているのだ。心の中では。

 この商談が最後のチャンスだということを。これを逃せば後がないことも。

 だけど愛する娘を『売る』ような真似だけは、ひとりの親として到底受け入れられるものではなかった。

 それが彼をもの凄く悩ませた。葛藤させた。


「──いいじゃん、それで」


 突然届いた声に、誰もが声のした方──扉──を見た。

 そこには水色のフリルドレスに身を包む白髪ショートボブの少女がいた。

 ぽけーっとした寝ぼけ眼のような垂れ目がとても愛らしく、精緻に整った顔はまるでお人形さんのよう。才能も去ることながら美貌も負けていない。

 だがそれ以上に目を引いたのは、彼女の華奢な両腕の中に大切そうに抱き寄せられたテディベアがあったことである。

 稀代の天才発明家と云われているくらいだから、てっきり学術書や魔導書などを常に持ち歩いていると思っていたが、どうやらそれは偏見だったらしい。


「シャロン……」


「お父さまの心配も分かるよ。担保になるということは、おにいさんの所有物になることと同じ。一国の王女が奴隷のような立場に堕ちるんだもの。たとえ一時的なものだとしても嫌だよね。でも、だからこそ、そうすべきだと思う」


 未だ踏ん切りの出来ない王を説得させるように、シャルロットは淡々と訴える。

 最善の道を選ぶためには捨てる覚悟も必要だと。


「親友がね、言ってたんだ。自分の犠牲で多くを救えるなら、迷わずそうするべきだって。それが王族としての責務なんだ、って」


 シャルロット王女の交友関係は事前に把握している。

 彼女が親友と呼ぶ人物はこの世にたったひとりだけだということも。

 そしてその人物とは、宗主国ミグルス王国の第一王女、アカツキ・ヴァルヴレッド・ルナ・ミグルスである。

 事前に調べた情報によると、シャルロットとアカツキが仲良くなったキッカケは、三年前にミグルス王国で行われた建国千年を祝う建国祭だった。

 その祭りの最中にシャルロットが暴漢に誘拐され、人気のない路地裏の廃屋で辱めを受けそうになった際に、アカツキがそれを間一髪のところで救ったのだとか。

 シャルロットにとって『アカツキ』という人物は、自分を救ってくれた英雄(ヒーロー)であり、変わった価値観を持つ自分を受け入れてくれる数少ない親友なのだ。


「だから、私は担保でいい。それでこの国が救えるなら、私は構わない」


「…………」


 父と娘、双方の翡翠の瞳が交差する。

 シャルロットの強い意志の乗った視線に、王の苦悩に満ちた視線がぶつかり合った。


「……後悔、しないか?」


「後悔はするだろうね〜。でも覚悟の上だよ。何かを選ぶということは、何かを捨てるという事だもん」


 後悔しない選択なんて、この世に存在しない。

 だからこそ、悩んでいる時間があるくらいなら、最後くらい自分を信じてみるのもいい。自分のやりたいことをやって後悔する方がいい。

 いつ死ぬかも分からない人生なのだ。誰もがそれくらい好きに生きるべきだ。


「……分かった」


 王は深い息を吐いた。

 腹の奥底に溜まった重たいものを全て吐き出すように。

 そして──、


「──先ほどは声を荒げてしまい申し訳ない。大切な取引相手だというのについ感情的になってしまった。もし許していただけるのなら、アダム殿が仰っていた条件で融資をお願いしたいのだが、よいだろうか?」


 王、ミハイルは重い決断を下した。


「構いません。融資額金貨三千枚の担保として、今より第一王女シャルロット・アイネ・メルクリア王女殿下の身柄は、我々アヴァロニア金融のものとなります。そしてこちらが──」


 言いながらアダムは異空間に手を差し入れ、そこから銀色のジュラルミンケースを取り出した。

 そしてそれをテーブルの上にそっと乗せて、ゆっくりと開いた。


「──金貨三千枚。約束の品です」


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