八重と凪
(八重)
やあ、バカ。
八重は遊び心で手を振る。
(八重)
あなたは私に抵抗できないのね、凪。
八重は凪の顎を持つ。
(凪)
はい、お姉様(照)
(八重)
可愛いじゃない、でもどうして逃げだそうとするの?
八重は目を細めてニヤリと笑う。
(凪)
ふふふっ♡
(八重)
まぁ、可愛らしい反応してくれるわね。
八重はまた目を細めてにこりと笑った後、表情を引き締めた。
(凪)
お姉様♡
(八重)
何よ、呼び方変えて。
調子はどうなのかしら?
八重は長い指先を凪の額に当ててみせた。
(凪)
良いけど……寂しい……
(八重)
甘えん坊さんねぇ……
(凪)
えっ?何て?お姉様。
(八重)
何でもない事よ。
八重は目を逸らすと、そのまま視線を戻した。
(八重)
それより、一緒に出掛けようかしら。
久しぶりに会ったのだし。
(凪)
はい、お姉様♡
凪を連れて出掛ける八重。
(八重)
素敵だわ、こういう時にしか味わえない雰囲気ね。
八重は空を見上げ、感慨深そうに目を細める。
(凪)
ねぇ〜、お姉様♡抱いてください(照)
(八重)
あらあら、ずいぶんと甘えてくれるのねぇ……
微笑む八重だったが、次の瞬間、表情を引き締めて凪を睨み付けた。
(八重)
でも、ダメよ、私はそこまで甘やかさないわ。
(凪)
お姉様……(涙目)
(八重)
こんな程度で泣いてしまうなんて、やはりまだまだ甘すぎるわ……
八重はため息混じりに言うと、同時に目を伏せてみせた。
(八重)
もっと大人になる必要があるわね。
(凪)
はい、頑張ります。
(八重)
良い子ね。
でも、頑張らないといけないはそれだけではないわ、覚えておきなさい。
そう言うと、八重は腕時計をチラリと見やってみせた。
(八重)
そろそろ時間だわ、行きましょうか。
(凪)
はい、お姉様。
(八重)
何処に行くの?
八重は首を傾げ、不思議そうに問いかける。
(八重)
まさか、知らないままついてくるつもり?
(凪)
もちろん、お姉様ですから。
(八重)
あら、そうだったの?
八重は微苦笑を漏らすと……
(八重)
でも、残念ね。
行き先を教えたとしても、あなたならきっとすぐに気づいちゃうでしょうね。
(凪)
もう、お姉様ったらぁ。
(八重)
何を隠そう、私達は今日……
そこで一旦言葉を区切ると、八重は周りに誰も居ない事を確認してから、小声で続けた。
(八重)
将軍家に向かうのよ。
(凪)
そうなんですか、お姉様!
(八重)
ええ、今日のところはね。
将軍と打ち合わせをすることになってるの。
平然と答える八重であったが、やがてその目に鋭い光を浮かべた。
(八重)
でも、これは極秘なのよ。
外部漏洩したらダメよ、分かっているわね?
(凪)
はい、お姉様。
(八重)
余程の事がない限り、将軍家の近くには近づいてはいけません。
例え私と一緒に居たとしてもね。
厳粛な顔で告げ、八重は歩き始めた。
(凪)
はい、お姉様。
目的地の前で足を止め、八重は背筋を伸ばして建物を見据えた。
(八重)
到着しました、将軍邸です。
(凪)
かっけぇ〜!お姉ぇ〜!めちゃかっけぇ〜!金持ちぃぃぃっ!
ガン!
思いっきりズッコケて、頭を打つ八重。
(八重)
あっ、アンタねぇ!!
(凪)
嘘です、お姉様、思ったよりショボかったです。
(八重)
な・ぎ・さ・ちゃん♡(感情の消えた目)
(凪)
はい、ごめんなさい、お姉様、真面目にします(涙目)
(八重)
準備は整いましたよね(冷たい目)
(凪)
はい!大丈夫です!お姉様!(冷汗)
(八重)
では、参りますわよ。
無礼は許されないし、態度にも留意すること、良いですね。
(凪)
分かりました、お姉様。
二人は中に入る。
(八重)
将軍様、お呼び出しにより、参上致しました。
将軍の前に立つと、八重は深々と頭を下げた。
凪も八重に従う。
(八重)
新任の官使について聞きました。
彼は我が国にとって大きな脅威となる可能性があります。
八重は表情を硬くして言葉を続け、そして、凪に鋭く視線を向けた。
(八重)
この者が彼の命を狙います、よろしくお願い致します。
(凪)
よろしくお願い致します、将軍様。
(八重)
将軍様、この者は我が妹にして弟子です。
実力は折り紙つきですので、お気になさらず。
胸を張って断言する八重。
(八重)
お任せください、必ず成果を上げてみせます、将軍様。
自信に満ちた表情で答え、八重は改まる。
(八重)
将軍様、他に仰せがなければ、これにて失礼させていただきます。
一礼すると、八重は退出しようとする。
(凪)
失礼致します、将軍様。
将軍邸を出たところ、突然雨が降り始めた。
二人だけでなく、通りを行き交う人々も突然の出来事に慌てていたようだった。
雨の中、八重は傘を開いて差しかざすが、それでも服はすぐ濡れてしまった。
しばらく道を急いだが、さすがに歩く事すら叶わず、ある店に避難する事にした。
雨足はますます激しくなり、風まで加わり始める。
店内では、客や商人達が雨音に話し声をかき消されているので、大騒ぎになっていた。
八重と凪は壁際に並んで座り込み、窓から外を眺めていると扉が開き、全身ずぶ濡れになった男女が四人ほど飛び込んできた。
彼等は店内を見回している。
(男①)
おい、この天気では、宿に荷馬車を使う以外ないだろう。
どうだ、金貨を出せば荷馬車を用意できる者は居ないか?
(男②)
荷馬車か……たしかに、こんな悪天候なら旅を続けるより、今日は野宿した方がマシという意見もあるな。
(女①)
荷馬車なんて無いわ!
唇を歪めて不満そうに言う女①。
(女②)
仕方ないわ、今日はこの町で一晩過ごすしかないね。
(男①)
雨に風だとはね……全く運が悪いな。
自虐的な笑みを浮かべて、男①は呟いた。
(男②)
ところで、お前たち……
(男①)
私と私の仲間は、将軍家に雇われた傭兵です。
明日にでも戦場へ赴く予定です。
もしよろしければ、一緒に同行してはどうでしょうか?
女性の方なら、護衛も兼ねます。
(凪)
いえ、大丈夫です。
(男①)
そうかね、まぁ、気が向いたら声をかけてくれ、出発は明日だから。
(凪)
はい、分かりました。
(男①)
お互い、安全な旅になる事を祈るべきだな、では。
(凪)
そうですね、ありがとうございます。
男達は残った。
(八重)
ずっと警戒していたようね。
でも、案外良い提案だったんじゃないかしら?
(凪)
うーん……
(八重)
将軍家の傭兵かしら……それとも偶然とは思えないほど上手くいきすぎるわね。
どう思う?
雨が勢いを失い、弱くなる頃合いを見計らって八重は立ち上がった。
(凪)
ちょっと怪しいです、お姉様。
(八重)
私も同じ意見よ。
どうやら、尾行されているようね。
八重は外に向かって叫んだ。
(八重)
来るならどうぞ。
(凪)
お姉様!
八重は懐から短剣を抜いた。
(八重)
どうする?
(凪)
どうします?
(八重)
私は戦いながら逃げ道を見つけるわ。
その間にお前は逃げなさい。
短剣を右手に持ち替え、八重は左手でドアノブに触れる。
(凪)
待って、私もご一緒します。
その方が逃げ切れる可能性が高いです。
(八重)
随分と頼もしいわね……
少し驚きながらも嬉しさを滲ませ、八重は頷いた。
(八重)
よし、じゃあまずは一気に外に出て道を右に曲がるわ。
その後、適当に森に潜り込もう。
行きましょう!
(凪)
はい!お姉様!
扉を勢いよく開け放ち、八重は体当たりのように外へ出る。
森まで一気に疾走する。
足場の悪い林道をものともせず、八重と凪は一直線に進んでいく。
(凪)
森までもう少しです、お姉様。
(八重)
ほら、追っ手も諦めないわよ!速度落とすな!
振り返ることなく八重は叫んだ。
(凪)
はい、お姉様。
しばらく走り……
(八重)
やっと着いたわ!
ようやく木々の間に姿を消すと、八重は安堵の息をついた。
(凪)
上手くいきましたね、お姉様。
(八重)
良かった……どうやら……まっ……
(凪)
どうしました?お姉様。
(八重)
…………私は…………
………………わたしは…ま…………
(凪)
お姉様?
(八重)
………………薬………………
口から血筋が流れ始め、八重は膝をついた。
(凪)
お姉様、今解毒します。
私、魔法使えますから、いきます!
【リカバリー】
八重は解毒をかけられる事を信じて大人しく待つ。
数秒すると、八重は生気を取り戻してホッと息をついた。
(凪)
体力も回復しますね。
【エナジーチャージ】
八重は魔法効果で一気に元気を回復すると、再び警戒モードに入った。
(八重)
ありがとう。
でも、安心はできないわ。
おそらく、この森にも手は回しているでしょうし……
(凪)
そうですね。
(八重)
追っ手は将軍家の直属の暗殺集団です。
私達は想像以上に危険視されているという事です。
今後、更に警戒が必要になるでしょうね。
(凪)
なんで将軍家が?
(八重)
分からない。
でもあの傭兵とやらは将軍家と繋がっていたに違いないわ。
私達は見事、罠にハマった事になる。
(凪)
私達を罠に嵌めてどうする気なの?お姉様。
(八重)
あなたをおびき寄せ、その能力を利用しようとしている節があるかもしれません。
あるいは、単純に排除対象とされているのかもしれませんが。
(凪)
えっ?
(八重)
将軍家は常に強者を欲しがっている。
それに利用されるか排除されて終わり。
いずれにしても、面倒な事態だ。
(凪)
お姉様、私はお姉様に付いて行きます。
お姉様から絶対離れません!
(八重)
そうしてもらわないと困るわ。
これからも私はあなたの師匠なのだから、離れてはダメよ。
(凪)
はい、お姉様!
(八重)
しかし、今はできるだけ早く安全地帯まで脱出する事が優先です。
追っ手を振り切る方法を考えた方が良いでしょう。
(凪)
そうですね。
(八重)
この辺りは将軍家の影響範囲に入っているわ。
できる事は多くないし、人も少ない、でも……
考え込むように額に手を当てる八重。
(八重)
この先に村があるわ。
そこまで行けば、多少は助けを求めやすいでしょう。
(凪)
分かりました、お姉様。
(八重)
でも、その場合、最悪の事態も想定しなくてはならないわ。
村民に被害が出る可能性があるから。
八重は決意したように言った。
(凪)
そうですね、それと内通者ですね、お姉様。
(八重)
そう、それも要注意ね。
村までの距離はさほど遠くないわ。
走れば半刻で着くかもしれない。
森から出る直前に、八重は慎重に周囲を見回し、足音が無い事を確認した後、走り出した。
小型の馬車が、何台か通る往来を選んで村に向かう。
しかし、途中で異変に気づく。
八重は素早い判断で道から外れ、路側の草むらに身を潜める。
(凪)
どうしたの?お姉様。
(八重)
追っ手が到着する前に情報を入手していたら、あの村に手配が回っている可能性があるでしょう。
(凪)
なら、村を避けて里に戻る方が……
(八重)
それは最後の手段にするわ。
村の事はともかく、里に戻るには将軍家の管轄地区を横断する必要がある。
それだけでもリスクが高いのです。
(凪)
あっ!そうか!
(八重)
そもそも追っ手はどうしてここに居るのでしょうね……
不審な点を口にして、首を傾ける八重。
(凪)
情報が漏れているのかも……あのグループも怪しかったし……
(八重)
そうなると、我々の動向は逐一、将軍家に知られている事になるわ。
それはつまり……
八重は目を伏せ、何かを思い出したように口を閉じた。
(凪)
ここに居ては危険。
早く脱出しなきゃ!
(八重)
そう簡単にはいかないかもしれないわ。
周囲を警戒し、低い声で八重は囁く。
(八重)
それに、あの将軍に会いたい気分よ。
(凪)
忍び込みます?お姉様。
隠蔽魔法は使えますよ。
(八重)
今、それについて考えていたところよ。
でも、万全を期すなら、まずは村人からの情報収集ね。
それができないと……
(凪)
ヤバい事になる……
(八重)
そうね……
八重は即座に結論づけた。
(凪)
では、村に。
(八重)
でも、このままでは逆に標的にされてしまうわ。
どうすれば良いか……
八重は周囲の地形や状況を把握しようとして、何度も視線を彷徨わせる。
(凪)
空から行きましょう。
飛行魔法も使えますから。
(八重)
それは良い提案ね。
しかし、空を移動すると目立ちすぎない?
(凪)
隠蔽魔法も同時展開するから平気です、お姉様。
(八重)
でも、それでは私の体重もあなたの魔力でもたなくてはならないわ。
長時間は辛いでしょう……
不安そうに凪を見る八重。
(凪)
大丈夫です。
私の魔力は無限です。
枯渇しません。
(八重)
もしそうなら、あなたはもっと有名になっているはず。
世界で唯一無二の存在になるのだから。
八重は疑うそぶりを見せた。
(凪)
実は黙っていましたが、私は異世界から来ました、お姉様のお手伝いをする為に。
元の世界では、間違いなく過労死です。
神様がチートをくれ、お姉様のお手伝いをするように、神託を承りました。
この事は誰にも内緒にしてください、知られたらマズい事になります。
(八重)
まさか!そんな事って……
八重は目を丸くした。
(凪)
あるんです。
世の中、何があってもおかしくないです。
私は神様からお姉様のサポートを任命されました。
だから大丈夫です。
例え、お姉様がお太りになり、重くなっても大丈夫ですよ(笑)
(八重)
冗談言わないで。
私はそんなに食べてないわよ!
それに毎日、欠かさず鍛錬はしています。
苦笑すると、すぐに真顔になり、八重は頷いた。
(八重)
でも助かるわ、ありがとう。
(凪)
いえ、私もお姉様に出会えて幸せです♡
(八重)
甘えてるんじゃないわよ……
八重は微笑み返し、また真顔に戻る。
(八重)
異世界から来たとはいえ、無理は禁物よ。
(凪)
はい、お姉様。
(八重)
でも、空から侵入するのなら、どこに降りるかが問題ね。
将軍邸内部は分からないし……
頭を悩ませ、八重は地面に落ちてあった小石を拾い、投げ捨てる。
(凪)
将軍の前は?
壁なんて簡単にすり抜けられるし、探索魔法で居場所も特定できるよ。
(八重)
流石にそれはリスキーだわ……
目を瞳大にして、八重は呆れたようなため息をついた。
(凪)
なんでです?隠蔽魔法で姿は消えてるし、結界魔法を展開するので大丈夫ですよ?
私の魔法に勝てるのは、神様の魔法だけです。
神様が、そう調整してくれました。
(八重)
神様が調整してくれたと言うのは、本当に便利なことだけど……
皮肉めかして八重は口にしたが、実は感心している部分もあった。
(八重)
でも、それでもリスクは残るわ。
あなたはまだ修行中である事は変わらないんだし。
(凪)
神様から指南を受けていますし、それにお姉様が居ます。
二人で居れば、無敵ですよ。
私、死んでも生き返らせる事ができますから。
まぁ、あまり時間が経ちすぎると無理ですが……50年とか。
(八重)
死人を生き返らせるなんて!?
そんなの嘘でしょう……
衝撃を受け、言葉を失う八重。
(凪)
できますよ、神様からもらったチートですから。
(八重)
チートね……
改めて八重は妹弟子を見据える。
(八重)
でも、それを使うのは、時と場合を考えなさい。
無闇に使って良いわけではないのだから。
(凪)
そうなんです、かなり危険ですから乱発はしない方が良いです。
生き返らせても、狂ってしまっては苦痛を与えるだけです。
それは死者への冒涜ですから。
ただ、拷問には便利ですよ(ニヤリ)
(八重)
話を逸らすけど、将軍との対決の際、生き返らせるのはどう?
相手を混乱させることができるかもしれないわ。
(凪)
はい、良いと思います。
それに代わり身を用意しとけば、里に帰ってからゆっくり尋問できます。
"ストレージ"という収納魔法は、中の時間が止まってますから、入れた物が傷む心配がないです。
入れた時と同じ状態で取り出せますから。
しかし、時間が止まっているので、生きたままは無理ですが。
入れたら死にます。
(八重)
生きたまま無理って……生き返らせるっていう選択肢があるんじゃなかったの?
(凪)
はい、一旦殺して死体にすれば、物ですから問題ないです。
後から取り出して生き返らせるのですよ。
(八重)
なるほど。
でもどちらにせよ、今回はあまり派手な真似をしたくないの。
できるだけ音も立てずに済ませたいから。
(凪)
はい、分かりました。
遮音魔法も使います、お姉様。
(八重)
では、早速、空から将軍邸に向かいましょう。
隠蔽魔法をかけなさい。
八重は腕を広げて、凪の背中越しに手を回し、自分の身体を密着させて抱きつく格好になった。
(凪)
はい♡お姉様♡
いやぁ〜ん♡お姉様の温もりを感じる♡それに良い匂い♡はぁ♡はぁ♡はぁ♡ はぁ♡
(八重)
何をはしゃいでるのよ、変態!まったく……
苦笑混じりに八重は言ったが、決して嫌いではなかった。
(凪)
あはは♡
(八重)
魔法を唱えなさい。
凪の頭を撫で、八重は促した。
(凪)
はい、ではいきます!
【インビシブル】
(八重)
準備できたわ、行きましょう。
八重は目を閉じ、静かに呼吸を整える。
(凪)
はい。
(八重)
飛び立て!空の上を行くわよ!
(凪)
はい!
【フライ】
ゆっくりと二人の身体が浮遊し、やがて地面を離れ、雲の海へと舞い上がる。
(凪)
どうです?お姉様。
(八重)
大丈夫よ。
八重は腕時計を確認した。
(凪)
いや、感動とか、凄〜い、とか、偉い偉いって撫で撫でするとか……
(八重)
偉いねって言ってあげようか?
頭上から降る水滴に気づき、顔をしかめる。
(八重)
少し雨が降ってきたわね。
これは少し都合が悪いわ。
(凪)
春雨じゃ、濡れて参ろう。
(八重)
おい!しかも、今は夏だ。
(凪)
あはは、結界魔法いきます!
【聖壁】
これで大丈夫です、お姉様。
(八重)
防御系の魔法ね。
たしかにこれで雨風も完全に防げそうだわ。
(凪)
同時展開は2つまでだけど。
(八重)
・・・。
(凪)
嘘です。
同時展開に制限はありません、お姉様。
(八重)
あのな……
上手く使い分けてると感心していると、八重は不意に視線を斜め左下に向ける。
(凪)
どうしました?お姉様。
(八重)
あれは……何か来るようですね。
八重は右手を挙げ、合図を送った。
(凪)
えっ?てか、隠蔽魔法がかかってますから、相手からは見えませんよ?
(八重)
本当にそうかしら……
疑問を挟み、八重は眉を寄せた。
(凪)
神は偉大なり。
(八重)
でも、念の為、身構えておいた方が良い。
(凪)
はい、お姉様。
(八重)
相手も飛行しているな。
魔物かどうかまでは分からないけど。
八重は目を凝らして正体を見破ろうとする。
(凪)
こうすれば分かります。
【解析】
ほらね。
(八重)
これは……人型の魔物か!
八重は目を丸くして驚いた。
(凪)
そうみたいですね。
これは……サキュバス。
(八重)
サキュバス!?
八重は再度、目を凝らし見ようとするが、依然、目視できない為、諦めて視線を戻す。
(凪)
はい、淫魔サキュバスです。
彼女らは空を飛べます。
(八重)
空を飛ぶ淫魔だと?……危険だわ。
接触戦になる可能性もあるかも……
八重は眉をひそめる。
(凪)
回避しましょう、下手に撃ち落としたりしたら、位置がバレます。
結界魔法が風避けになりますから、スピードを上げます。
【ブースト】
(八重)
結界魔法は風当たりも調整できるんだね。
(凪)
もちろんです、お姉様!
(八重)
速いね、まるで光のようだ。
さっきのサキュバスも、もう小さな星にしか見えないな……
八重は目をすがめ、精一杯目視しようとするが、やはり相手の姿ははっきりとは見えない。
(凪)
上手くやり過ごしました。
あれも将軍家の刺客ですかね?
(八重)
どうだろうね。
偶然かもしれないが、油断できない事には変わりないわね。
前方に目ざとく建物の輪郭を発見すると、八重の顔に緊張感が戻る。
そのまま建物に近づく二人。
(八重)
あそこよ、将軍邸だわ。
(凪)
はい、お姉様。
八重が指差した方向に降下を開始した。




