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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

君と僕の独奏

作者: 紡紀

あぁ、何度目だろう。君と僕の声が響きあう宝物のような時間。

一番幸せだった時間……


僕らは、小さな村で知り合い。ともに旅立った。

山を越えて、海を越えて


「地平の果てまで、頭上高くまで続くあの空も

遥か彼方まで続く、この緑色の大地も

全部が俺らの居場所だ」


なんて君は笑ってた。

馬鹿だなっていうと、君はムッとしてそっぽを向いてしまったけど。

僕も君と同じぐらい馬鹿なんだろう……もしかしたら君以上に。

君の言う世界はどうにもまぶしく感じて、心が沸き立つ。

どうしようもないぐらい、そわそわする。そんな世界だった


その日の夜は、なかなか君の機嫌が直らなくてさ

僕は音楽に頼った。


硬く張った弦を、

空気を切るように、細い弓が滑る。

そっぽを向いたままの君は耳だけをそばだてて

また、その歌か。

相変わらず静かすぎるって。

ぶつくさと文句を言ってた。

けれど、君も楽器を手に取って僕の隣に座り直して弾き始める。


僕の演奏とは違って

荒々しくて、弦をたたくように。

まるで、感情を直接たたきつけるように、ガツン。と響く

……でも、なんでだろう。君の元気な歌声は少しだけ遠くに聞こえる気がする。

いや、きっと気のせいだよね。


合奏が終わるころには君はすっかり機嫌を直して。

「これも弾こう。あぁ、あと……あれも」って

目を輝かせてそう言ってたよね。

正直、眠くってすぐに横になりたかったけど、

子供みたいにはしゃいで、キラキラした目で言われたら断れないじゃんか。


朝まで語り合って。

翌朝、君は揺れる馬車でぐっすり眠ってた。

僕は寝ぼけ眼で地図とにらめっこしてた。

地図ぐらい読めるようになれよ。

せめて、起きててくれよ。

って思ったりもしたけど。


君に、

振り回されるのは

頼られるのは


……悪い気はしなかったよ。






――がさがさ。

木の葉が擦れる音がする。

湿っていてざらついた感触がする。

重い体を起こすと、後ろのほうで馬車が横転していた。

馬は逃げ出したのか、たくさんの蹄の跡が残っている。


……確か、馬車で山を越えようとしていて。

隣では、音の外れた、でも、元気いっぱいに歌う。君がいて。


あたりを見回しても、君の姿が見えない。

僕の楽器も、短剣も。

君の小奇麗にまとめられたバッグですら残っているのに。


胸騒ぎがする。

指の先まで細かく震えて

心臓はドクンドクンとやけにうるさい。

……体の芯まで凍てつかせるように、染み込んでくる。


「探しに……いかなきゃ」

ぽつりと、そうつぶやいた。


たくさんの蹄の跡の中でもはっきりと残ったあいつの足跡を見つけた。

どうやら一緒に落ちてきたようだ。馬でも探しに行ったのか、足跡は森のほうに伸びていた。

けれど、あまりにくっきりとしていて、歩幅の狭い足跡が残っている。

嫌な予感が、喉元までせり上がってくる。

きっと大丈夫。


草むらからひょっこり現れて。

いつもの不細工な泣き顔で飛びついてくる。

そんで、いつも「俺を置いていくな」っていうんだ。

置いていってしまうのはいつも君のほうなのに。


……あの時もそうだったっけ。

初めての町。その日は一緒に飲みに行こうって約束したのに。

僕が宿をとってる間に、一人で飲みに行って。

待ち合わせ場所に一向に現れない君を、月が高く昇るころまで探し回って。

泥だらけになってさ。

ひょっこり路地裏から出てきた君は、

泣きつくのが、怒るのが馬鹿らしくなるぐらい酔っぱらっててさ。

なんだかそれが最後な気がして、胸がざわついて。本当に心配だった。


そんな僕の心配を知ってか知らずか

肩に寄り掛かって寝ぼけてる君は、

「世界一の親友」だとか「これからもよろしく~」だとか呑気にさ。

一番たちが悪かったのは、酔いが覚めた君がさ

一人で飲みに行ったのはごめん。

でも、

世界一の親友は嘘じゃない。これからもよろしくっていうのは嘘じゃないって。

「そこじゃないだろって」お腹が痛くなるぐらい笑い転げたっけ。


結局、一緒に飲みには行けてなかったな。

次の町では一緒に飲もう。そんでもって、今度は僕が君に感謝を告げるんだ。




まとわりつくように重い風が、濡れた木々の香りを運んでくる。

それと一緒に、

生暖かく、湿った鉄のにおいが鼻にこびり付く。

気が付くと走っていた。

茂った草木に擦れて傷ができて血が滲んでいる。

でも痛みはなかった。

息がうまくできなくて、

ただ、胸の中で、熱いものがこみ上げて


走って、走って、……走って。


血だまりの中で、ぐったりと横たわる何かが見えた。


それは、さっきまで、

音を重ね、

明日を、夢見て、……笑いあっていた。

あいつの変わり果てた姿だった。


吸っているのか、吐いているのかすら分からず、

呼吸が荒くなって、足元が崩れるような錯覚を覚える。

……どこか遠くで、何かが崩れる音が聞こえた気がした。


横たわる“友”に触れる

暑苦しいほど熱を持っていた身体からは……もう、何も感じなくて。

あの、うるさいくらい元気だった声はしなくなっていた。

どれだけ語り掛けても

どれだけ、揺さぶっても

君が起き上がることはなかった。


体が、心が重い。

気を抜けば、

幸せだった時間が駆け巡って、ひざから崩れ落ちそうになる。


血だまりから体を引きずるように引き上げて

僕は楽器を構える。

硬く張った弦を、

空気を切るように、優しく、細い弓が滑る。


僕が一番幸せだった時間。あの時の曲を弾く。

……君がもしかしたらあの時みたいに起き上がってくれるって、信じて。


君は「この始まり方は物悲しすぎる」ってよく言っていたよね。

確かに、君の感情をたたきつけるような。あの元気な歌声には似合わない。

僕も変えようと思ってたんだ。

でもさ、

君が、僕から隠れるようにこっそり練習してるのを見て。

なんだか、うれしくってさ。そのまま残しちゃったんだ。

荷物は綺麗にまとめるくせに、靴下は左右バラバラ。

要らないものばかり買ってきては「いつか使うから」って一向に捨てようとしない。

本当に。手に負えない人だったよ。

酔っぱらってた時は特にね。

……まだ僕は君からもらったものを返せてないのに。


君の歌が音を外していたのは、きっと僕のせいだったんだよね。

僕の音楽は、君には脆すぎた。

訴えかけるような君の歌とは違って、静かにただ寄り添うような歌。

それでも、きみはーー

僕の音楽をほめてくれた。歩み寄ってくれた。

君は、本当にやさしくて。

僕の……親友だったよ。


君との輝かしい日々。

かけがえのない宝物が溢れ出て、駆け巡った。

指がもつれて、

弦が震えて、音が止まった。

……

頬を涙が伝い、友の血だまりの中に

混じってーー消えた。


どれだけ待っても、君が起き上がることはなかった。

いつもみたいに

物悲しすぎるって、飽きないなって言ってくれよ


お前のいない世界は静かすぎるよ……


君が一人この森に逃げたのは、僕から何かを遠ざけようとしたんだよね?

気を失ってた僕が殺されないように、自分を犠牲にして。


僕の欲しいものはもう手に入らない。残っちゃいないのに。

――それでも君は……生きろっていうんだね。


「君は、最後までどうしようもないぐらい身勝手で。

本当に。本当に、手に負えない人だね」

……さようなら

ぽつりとつぶやいた恨み言は、森の中に木霊して

やがて、消えた。

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