第99話『最終投票──王妃を決めるのは“民意”』
──王都ルセンティア、王城正門前。
それはあまりに静かな朝だった。
けれど、その静寂の底にあるのは、凪ではなく嵐だった。広場の中央に、巨大な水晶球が設置されていた。“乳投票”と呼ばれる奇妙な儀式に向けて、王国中の民が集まり始めていたのである。
「この投票は……単なる人気投票ではありません」
宣言をしたのは、老練の枢機卿。議会の場でも中立を保ち続けてきた男だった。
「王妃は、胸だけで選ばれるものではない。だが、今のこの国には、“象徴”が必要なのです。誰の乳が、最も“意志”を語っていたか──それを、民が見ていたのです」
王宮前には、候補ヒロインたちが勢揃いしていた。
リリアーヌは純白の正装ドレスに身を包み、背筋を伸ばして立つ。
「もう、誰かのために乳を差し出す時代じゃないのよ。私たちは、私たちの意思で立っている」
その瞳に、過去の迷いはなかった。
エミリアは静かに祈るように胸に手を当てる。
「私は、ただ“見届けて”ほしいだけですわ……この胸の奥にある決意を」
ソフィアは王族らしい気品を失わぬまま、毅然としている。
「神ではなく、彼の横に立つ。祈りも誓いも、この身のすべてを、彼の未来に」
クラリスは武装姿のまま。どこまでも不器用なまま。
「私は……私はやっぱり、うまく喋れないけど。わたしのこの胸に……勇気があるって、思ってもらえたら、それでいい!」
そしてマリア。静かに笑いながら、眼鏡の奥で真っ直ぐに拓真を見つめていた。
「誠実とは揺れること。私たちは、“正しく揺れた”わよ、ね?」
そこに、王子──拓真が歩み寄る。
青い礼服。柔らかな笑み。
「みんな……ありがとう。俺は、選ぶ覚悟がなかった。正直言って、今でも怖い。だけど……」
彼は空を見上げる。
「“胸”って、ずっと触れてると、わからなくなることがあるんだ」
一瞬、意味が掴めない沈黙。
だが、彼は続けた。
「だから今日は、俺じゃない。“民意”に決めてもらう。胸で決めてくれても、心で決めてくれても、構わない。でも、それを見て、俺は……自分の心を決める」
──水晶球が淡く光り始めた。
投票が始まったのだ。王国各地に設けられた魔法通信端末から、次々に意志が吸い上げられていく。透明な光が球体を走り、ゆっくりと「票」が溜まっていく。
群衆は祈り、泣き、ある者は拍手し、ある者は胸に手を当てて、静かに立っていた。
投票は、胸の名を隠した“匿名乳投票”。
選ばれるのは、誰かの象徴ではない。“誰かの胸”ではない。“誰かの生き方”だった。
そして──
「結果を発表します」
枢機卿が告げた瞬間、空気が固まる。
水晶球が、ひときわ大きく脈動した。
そして──名前が、浮かび上がる。
それは──