【第75話】 『拓真、婚約を申し込まれる』
誠実乳の聖女、リリアーヌが姿を消してから五日。
その空白は、王都全体にぽっかりと穴をあけたようだった。
だが、世界は止まらない。
むしろ、その不在を埋めるように、政界・王室・諸国が同時に動き出していた。
──次なる“象徴”を定めねばならない。
──“乳の揺れ”を、政治の重みで支える者が必要だ。
そんな理屈が渦巻く中、誠実乳世界協議会(WIBS)は、ある提案を通過させた。
《誠実乳王配・選定式》──すなわち、“誠実乳の未来”を象徴するパートナーの選出である。
そして、その候補の名簿に──
如月拓真の名前が載ったのだった。
◆ ◆ ◆
「ちょ、ちょっと待て! なんで俺が“王配候補”に!?」
拓真は額に手をあて、世界の重さを噛みしめていた。
その横で、光学ホログラムに浮かび上がる“候補者リスト”が、彼の運命を面白おかしく照らし出していた。
【誠実乳姫候補一覧】
・ソリーネ=ラズ=エスタリア(北方氷王国・清純氷乳)
・フェリス=ヴァルドナ(東方豊穣州・実りの双丘)
・ミリィ=シャーマン(空中自治領・無重力乳)
・クラリス=ヴォルテクス(王都代表・黄金乳)
どの国も、“誠実乳理念”を対外政策に組み込もうとしており、その象徴として拓真を“嫁がせる”のではなく、“婿にする”構想を立てていた。
「……婿!? えっ、婿なの!? 俺が!? いやいやいやいや」
当然の混乱。
だが、周囲は完全に“お祭りモード”だった。
「わが国の姫は、最も規範的な揺れを身に宿しておる!」
「東方は“実りと季節”において、誠実の循環を体現しております」
「無重力こそ、重力から解き放たれた“自由な乳”!」
各国使節たちの演説は、もはや戦争レベルの熱気だった。
◆ ◆ ◆
その日の夜。
拓真は城内の応接間で、各国姫たちと“面会”することになった。
先に現れたのは、北方氷王国のソリーネ姫。
銀糸のような髪、無表情で薄紅の唇。
「……私の乳は、揺れない」
「でも、氷の下にも、川は流れている。いつかあなたが、私の揺れを感じてくれたら、それでいい」
次に現れたのは、豊穣州のフェリス姫。
豊満な胸を誇る陽気な姫は、恥じらいもなく拓真の手を取った。
「実るってことはね、育てるってことよ。あなたの“応えたい乳”、育ててみせるわ」
三人目は空中自治領のミリィ姫。
ふわふわと浮かびながら、笑顔で彼にウィンク。
「“定義されない揺れ”って、案外楽しいのよ? ふたりで飛びながら恋するの、どうかしら?」
最後に現れたのは、あのクラリス令嬢。
高貴な香水とブランドのきらめきに包まれ、優雅に座る。
「あなたは一度、私の乳を“商品”と呼んだことを覚えているかしら?」
「でもね、今なら“誰かのために張る乳”が、少しだけ分かるの」
「……私の隣に、いてもいいわよ」
◆ ◆ ◆
圧迫面接ならぬ“乳迫面接”を終えた拓真は、ついに言った。
「……ごめん」
「俺、まだ……この胸で、誰かに“応える”覚悟がない」
「誰の揺れも、否定したくない」
「でも、だからって“自分の揺れ”を誰かに預けるわけにもいかないんだ」
「俺はまだ、自分の乳の意味を探してる最中だから──ごめん」
◆ ◆ ◆
その夜。
城の天守から見下ろす夜景の中で、拓真はぽつりと呟いた。
「リリア……今、どこにいるんだろうな」
「君なら、きっとこの“騒ぎ”を、全部笑って見てくれるんだろうな」
「……俺は、揺れないってことも、誠実だって信じたいんだ」
「でも、いつか君がまた、俺の前で笑ってくれたなら──」
「その時こそ、この胸で……応えたい」




