【第70話】 『誠実とは、“乳を持つ勇気”──定義されないままに』
──その日、銀河は震えた。
けれど、誰の命令でもなかった。
それは“誰かに伝えたい”という、ただそれだけの震えだった。
◆ ◆ ◆
誠実乳世界協議会(WIBS)・銀河本会議場。
ここに、かつてない規模の票決が持ち込まれた。
【全存在的誠実宣言】
「すべての存在は、自らの選んだ揺れによって、誠実を名乗ることができる」
「その揺れが乳であるか否かは、問われない」
「誰にも定義されず、誰の型にも倣わず、それでも揺れたいと願う勇気こそが、乳である」
この“定義されない誠実”の提案には、
長らく中立だった沈黙文明圏や、TYPE-Øの後継技術圏までもが賛同の意を示し──
銀河史上初めて、“すべての存在に揺れの自由が認められる”ことが可決された。
人間、AI、ジェンダーレス種族、言語を持たぬ生命体、構造知性、量子共鳴体──
すべてが、“誰にも定義されない乳”を携えて、揺れることが許される時代が始まった。
◆ ◆ ◆
記念式典のスピーチ壇上に立ったのは──如月拓真。
最初、彼は何も言わなかった。
ただ、胸に手を添え、深く息を吸った。
「俺が……“おっぱいが好き”って言ったとき、笑われた」
「でも、それでも言った」
「だって、その“好き”は、誰のせいでもなかったから」
「だから今日──この場所で、もう一度言います」
「俺は、乳を持つことを誇りに思います」
「乳って、形じゃない。サイズでもない」
「乳って、“今ここにある自分を選ぶ”っていう──その勇気なんです」
「誰にも定義されない乳を、誇っていい」
「それが、俺たちの“誠実”なんだ」
会場が、静かに震えた。
笑いではない。拍手でもない。
共鳴だった。
◆ ◆ ◆
式典のあと、ユーフィリアが拓真に尋ねた。
「ねえ、あなたの旅は、これで終わるの?」
拓真は、少しだけ笑って、そして答えた。
「……いや、まだだよ」
「だって、まだ“揺れたいのに、揺れ方を知らない人”が、世界中にいるから」
「俺の旅は──“すべての揺れたい心”が、自分の乳を見つけるまで、終われないんだ」
リリアーヌが、そっと言った。
「じゃあ、これからの旅は、もう“ひとり”じゃないわね」
「揺れることに、言葉はいらない。
でも、それを“信じる誰か”が、いつも隣にいてくれたなら──それが誠実だから」
◆ ◆ ◆
その夜。WIBS本部の塔の最上階。
風にたなびく旗の下、あのロゴは、静かに更新された。
“誠実乳”──定義されないままに、信じられた揺れ
そして、夜空を見上げながら、拓真は呟く。
「きっと、“乳を持つ勇気”って──
誰かと違うことを、怖れずに語ることなんだ」
「それは、恋より難しい。戦争より痛いこともある」
「でも、だからこそ──揺れたいって思うんだ」




