【第67話】 『全銀河乳詩祭──揺れる言葉、交わる魂』
──それは、乳の歴史において、最も“言葉が少ない”祭典であった。
そして同時に、もっとも多くの“揺れ”が交わされた夜でもあった。
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開催地は、WIBS主導のもと建設された**《星間詩律劇場・シンシリア》。
重力干渉と魔導共鳴によって、“言語を介さずに共鳴する場”**を再現できる構造体劇場である。
名称:全銀河乳詩祭(Bust Resonance Festival)
テーマ:「揺れるということは、届くということ」
出場者は全43星系・118個文明。
参加資格はただ一つ──「乳をもって語ろうとした者」
その“乳”は、生物的乳に限らない。
触れられない乳、概念としての乳、場の揺れとして現れる乳、
そして、“言葉を持たない乳”も含まれていた。
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第一演目、ネビュラ=コル連合詩。
発光のみで構成される知性体が、粒子の震えで“悲しみ”を表現。
観客の脳内に“揺れる星雲”が届き、静かに涙を流す者も。
第二演目、グルグ=スィルの粘体詩。
圧縮と弛緩の周期のみで“告白”を構築。
翻訳不能ながら、誰もが「これは“自分の形で張ろうとした”揺れ」だと理解した。
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そして、舞台に現れたのは──エミリア=ハーツ。
彼女は、人工義乳の少女。
遺伝魔術で増やされた胸を、“借り物の乳”としか思えず、
長く“揺れてはいけない”と思い込んでいた者。
だが今、その義乳で、“乳舞”を踊ろうとしていた。
──その乳が、“私のものではない”と、思っていたからこそ。
今この場所で、“私がこの乳で生きる”と表明したかった。
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曲はない。
言葉もない。
ただ、彼女の胸が、重力のリズムに合わせて静かに揺れはじめる。
上半身の動きは最小限。
しかしその揺れは、劇場の空間全体に**“譲れない痛み”**として響いた。
──私は、選んだ。
──この胸を、拒まずに。
──借り物でもいい。
でも、今、私は“これ”で生きるって、そう言いたかった。
空間翻訳機MIRAIが作動する前から、観客たちは涙していた。
それは“翻訳不要”だった。
“心が、揺れた”のだから。
演目が終わると、光の粒子が静かに舞い、AI国家ラ=ティタニア代表セイが声を発した。
「理解不能の乳であった。だが、“存在が震えていた”。それで充分だ」
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そして、TYPE-Ø元管理官──リオン准将が、ぽつりと呟いた。
「言葉がなくても、わかり合えるんだな……」
「いや──言葉がないから、ようやく“揺れ”が語ったんだろうな」
その横顔を見ていたユーフィリアは、そっと微笑みながら呟いた。
「リオンさん。あなたの乳も、きっと、揺れてるわよ」
「それが“心の揺れ”だって、あなたがようやく気づけたなら──もう、誠実ね」
彼はその言葉に答えなかった。
ただ一度、胸に手を置き、
──そのまま、頷いた。
◆ ◆ ◆
夜。
星間詩律劇場の屋上、拓真とリリアーヌが夜空を見上げていた。
「なあ、リリア。乳って、こんなにも言葉になるもんなんだな」
「俺、今日初めて──“言葉より早く届く揺れ”ってのが、あるって分かった気がする」
リリアーヌは、そっと彼の手を取った。
「私ね、今日、乳って“芸術”だったんだって思ったの」
「“言いたくても言えなかったこと”が、
揺れただけで届いたの。あの空間にいる全員に」
「だからもう、“誰の乳か”なんて、関係ないわ」
「今、この胸で、生きようとしてるかどうか──
それだけが、誠実でいられるかどうかの境界線なのよ」