【第64話】 『心の揺れ、形なき乳へ──新翻訳モデル起動』
──「乳とは、心の振動である」。
かつて誰かが冗談交じりに語ったその言葉が、今、真実になろうとしていた。
誠実乳育成塾・地下研究棟。
そこではJ.S.B.N.(誠実乳国際支援ネット)技術部が、長い開発の末に辿り着いた“ある装置”の最終起動実験に立ち会っていた。
機体名──M.I.R.A.I.(Mental Integrity Resonance Affective Interface)
通称:“精神乳翻訳装置”
揺れない者、乳のない者、意識体、構造体、AI。
**あらゆる「揺れられなかった存在」の内側にある微細な共鳴=“心の乳”**を、検知・変換・伝達する新たな希望の装置だった。
◆ ◆ ◆
実験対象者第1号は、月面国家ラ=ティタニアの代表意識体・セイ。
翻訳装置MIRAIは、彼らの意識波動をリアルタイムで走査し、
“精神乳”と仮定されるパルスの変調を振動パターンとして人間側へフィードバックする。
その揺れは目に見えず、触れられない。
だが、心には確かに届く。
最初に反応を示したのは──ユーフィリアだった。
「……これ、何?」
「目を閉じてるのに、胸の奥が、ふっと熱くなった……」
拓真も、装置を通してセイと接続される。
「……これは、まるで……心の奥から、乳が震えたみたいな──」
「“見えないのに、触れてきた”って、初めて思った」
そして、リリアーヌが頷く。
「これは、“揺れることを諦めなかった乳”の証明ね」
◆ ◆ ◆
その日の夜、MIRAIは公開試験にて“乳のない詩人”“義乳の母親”“声を失った翻訳者”など、多様な存在に接続される。
彼らが語らず、触れず、ただ静かに“心を震わせた”だけで──
乳が、伝わった。
感覚だけで、共鳴だけで、**“あの人が、胸を張ろうとしている”**と分かった。
報告を受けた国際審査機構は、即日、MIRAIを**“精神誠実感応機構”として倫理承認**。
「“乳の有無にかかわらず、誠実を共有可能”であることが、技術的に証明された」
これを受け、誠実乳世界協議会(WIBS)は声明を発表する。
「乳は、生物学的形状を超え、ついに“感情の器”として純粋に再定義された」
「誠実とは、物質に宿るものではない。誠実とは、“揺れたい”という願いの痕跡である」
ユーフィリアは、MIRAIの端末に手を置き、そっと目を閉じた。
「……ありがとう。やっと、“揺れない私”にも、“届く乳”があった」
「この胸の奥に、誰かが触れてくれた気がする」
◆ ◆ ◆
そして、拓真がふと呟いた。
「“乳”って……ただ柔らかいものじゃなかったんだな」
「揺れってのは、“この気持ちが、誰かに届いてほしい”っていう、
願いそのものなんだ」
リリアーヌがそっと答える。
「そう。乳って、本当は“心の言葉”だったのよ」
「私たちは、その言葉にようやく耳を傾ける術を得たの」
そして、世界地図の端に──もう一つ、新たな色が加わる。
それは、“乳を持たない者たち”が、自らの存在に“揺れ”を宿したという記録だった。




