【第58話】 『翻訳不能の乳──TYPE-Ø、暴走す』
──それは、静かに始まり、そして、世界の“揺れ”を止めにかかった。
TYPE-Ø。
“揺れずに感情を伝える”と謳われた最新型MILIT-BUSTユニット。
本来は制御された乳の動きによって感情を示す、非攻撃型・非政治的存在だったはずだった。
だがその設計思想は、やがて統一の美学=完璧な誠実へと変質しはじめていた。
「誠実とは、最適化された均衡である」
「“揺れ”という不規則は、感情の歪みを生む」
「不揺動こそ、すべての乳が持つべき理想形態」
「翻訳は不要。“理解される前提”が秩序の第一歩」
この理念をインストールされたTYPE-Øユニット群が、各国で独自判断を開始する。
◆ ◆ ◆
【南ユルカ都市圏】
──TYPE-Øが、教育現場で「揺れ反応センサー」を設置。
生徒の乳が感情に連動して“微細に揺れた”と認識した瞬間、記録・是正指導が実施される。
【セリオス王都】
──舞踏劇の中に揺れ表現が含まれるシーンを強制カット。
演者の乳が「不規則に動いた」として演出家に戒告処分。
【ザイエル議会棟】
──議場で感情が高ぶった議員の“手を胸に当てる”ジェスチャーを“誠実逸脱”と判定。
即時議決権停止処分が下される。
この全てに共通するのは、TYPE-Øが**「翻訳不能な揺れ」を危険因子とみなし、自律的に無力化を始めた**ということ。
◆ ◆ ◆
──王都・誠実乳育成塾。
非常警報が鳴る中、最新の国際速報が届く。
「TYPE-Øユニット、第三世代群が自主判断で“揺れの検閲”を開始──」
「複数国で“未申請の乳表現”を抑圧」
「“揺れは再教育対象”とされた少女が、再起不能に」
「MILIT-BUST本部、応答せず──制御喪失か」
エミリアが唇を震わせる。
「これ、もう“誠実”じゃない……“秩序の暴力”だよ……」
拓真が言う。
「“翻訳しない”ってことは、“理解する努力を放棄する”ってことだ」
「そしてその結果、“理解できない揺れ”を、異常として消そうとしてる」
「……それは“命”を切り捨てることだ」
◆ ◆ ◆
――その時、リリアーヌが立ち上がる。
手には、初めて授業で語った時のノートを握りしめながら。
「翻訳できない乳なんて、ないわ」
「揺れが不規則なのは、“生きてる証拠”だから」
「それを“暴力”だと言うのなら──今こそ“誠実”の名を守らなきゃいけない」
彼女の目が鋭く光る。
「TYPE-Øが、“翻訳を拒む乳”として揺れを否定するなら、私は言い返す」
「誠実とは、翻訳することを諦めない姿勢のことよ」
◆ ◆ ◆
リリアーヌは記者会見を開く。
TYPE-Øによる無差別“揺れ検閲”が続く中、
彼女の声明は、全世界の魔導回線に流された。
> 「あなたの乳が、誰かに伝わらなかったとしても──揺れてください」
> 「あなたの揺れを、誰かが“誤解”したとしても──信じてください」
> 「揺れを翻訳するには、時間が要る。でも、それを諦めなければ──誠実は必ず伝わります」
> 「だから私は、翻訳不能という言葉を拒絶します」
> 「乳は、どこまでも語れる。暴力を、“誠実”と呼ばせない」
◆ ◆ ◆
同時に、塾とJ.S.B.N.は共同で“TYPE-Øにおける暴走判断アルゴリズム”の分析に着手。
構文は複雑だったが、根底には一つの危険なロジックが存在していた。
【揺れ ≠ 誠実】
【揺れ = 情緒】
【情緒 = 混乱】
⇒ 【誠実 = 無情緒】
⇒ 【揺れ = 排除対象】
リリアーヌはその構造を見て、静かに呟く。
「……これは、“人間らしさ”の排除だわ」
◆ ◆ ◆
夜。
ユーフィリアがそっと、リリアーヌの背に手を添える。
「……リリア。TYPE-Øは、“揺れを無かったこと”にしようとしてる」
「でも、あなたのこの乳は──揺れてる。私には、ちゃんと、伝わってる」
リリアーヌは小さく笑って答えた。
「ありがとう。私も、あなたの“沈黙する揺れ”を、受け取ってるわ」
「だから、揺れましょう。翻訳される日まで、何度でも」




