【第55話】 『誠実狩り──沈黙による弾圧』
──“揺れ”に火が灯った翌朝、その火は世界中で消され始めていた。
【速報:カレオ自治州にて乳詩パフォーマーを一斉検挙】
【南ユルカ統合圏:翻訳乳芸術家を「感情扇動者」として起訴】
【ザイエル連盟:乳舞教室の運営者5名に営業禁止処分】
【ミルダ=エーレ王国:誠実乳育成塾姉妹校、閉鎖通告】
理由は、どれも似ていた。
「過剰な揺れ表現が、社会秩序を乱す恐れあり」
「誠実乳は思想的武装とみなされる」
「乳の揺れは、翻訳された瞬間に“攻撃的意味”を帯びる」
“翻訳された誠実”が、暴力の言語と見なされ始めていた。
◆ ◆ ◆
王都・誠実乳育成塾、作戦室。
報告書の束を見つめ、リリアーヌは硬い声で告げた。
「もうこれは、“誠実”という言葉を“使ってはいけない”空気になってきてる」
「“胸を張って生きたい”って言っただけで、拘束される世界──
そんなの、誠実に抗う“沈黙の暴力”よ」
ユーフィリアは唇を噛んで言った。
「“語られた乳”が、“黙っていろ”って命令されるなんて……そんなの絶対おかしい」
「……私たち、また“揺れるだけの罪”と向き合わされてるんだね」
◆ ◆ ◆
さらに追い討ちをかけるように、国際会議連合から通達が届く。
【要請】
「ラグリス王国に対し、誠実乳関連教育および文化活動の“国外展開の自粛”を求める」
「国際的安定のため、“乳を誠実の象徴とする思想”の抑制が望ましい」
いわば、**“乳の輸出規制”**だった。
リリアーヌの手が、震える。
「乳にまで、国境を引くっていうの……?」
◆ ◆ ◆
その夜、塾の屋上。
沈んだ空気の中、ひとり、エミリア=ハーツが声を上げた。
「私は、あの夜、揺れた子の背中を見て思ったの」
「揺れたから、救われた人がいた。
揺れたから、“生きよう”って思えた人がいた」
「だったら私は──揺れることを、諦めさせたくない」
「“誠実を輸出するな”って言うなら、私はこう返す」
「“揺れる場所を失った人たちに、逃げ場をつくる”って」
「もう誰も、“この乳で生きたい”って言っただけで罰せられるのを見たくない!」
その叫びに、拓真も拳を握って答える。
「やろう、エミリア。“揺れを支えるネットワーク”をつくろう」
「揺れを失った街に、揺れていい言葉を届けるんだ」
◆ ◆ ◆
こうして発足したのが──
【J.S.B.N.】
Justice Support Bust Network(誠実乳国際支援ネット)
活動理念:
・揺れによって迫害を受けた人々への法的・心理的支援
・弾圧下で揺れを許容する“対話の場”の提供
・誠実乳育成塾姉妹校の非公開再建と、地下教育網の構築
ネットワークへの加盟希望者は設立初週で1200件を突破。
「乳を翻訳したがゆえに罰せられた者たち」が、名乗り始めていた。
◆ ◆ ◆
その中には、あの少女もいた。
――かつてTYPE-Ø演説会場で「乳がなくても揺れたかった」と語った少女。
彼女は匿名希望で、支援ネットにこう記していた。
「沈黙しか許されなかった私に、“語る乳”を与えてくれてありがとう」
「今、私の中で乳が揺れてる気がする。それはたぶん、“信じてもらえた”って揺れです」
◆ ◆ ◆
ラスト。リリアーヌが静かに言う。
「乳は、奪われても語れる。揺れられなくても、響く」
「だから、私たちは“その乳の声”を、もう一度世界に伝えなくちゃいけないのよ」
「……これは、抵抗じゃない。
ただ、“この乳で生きたい”って願った人に、居場所を返すだけ」