【第53話】 『無揺動革命宣言──誠実は秩序である』
──TYPE-Ø、稼働開始より一週間。
新たな乳制御ユニットの登場は、技術革新としてのみならず、
思想的にも世界に深く衝撃を与えていた。
「乳は語らなくていい」
「誠実は、揺れを消した先にある」
「沈黙こそ秩序。秩序こそ平和」
そのメッセージは、想像以上の速度で拡散していった。
◆ ◆ ◆
【第1波:秩序都市連盟でのTYPE-Øデモ】
東方都市圏では、TYPE-Ø支持者による「無揺動革命」が始まる。
中央広場では若き官僚たちが胸を圧着布で固め、“揺れない行進”を実施。
「私たちは、揺れない。私たちは、誠実である」
「翻訳は混乱を生み、揺れは感情の暴走を招いた」
「いま世界には、“秩序としての乳”が必要だ」
その映像は、各国メディアでセンセーショナルに取り上げられる。
“沈黙の乳の時代、始まるか?”
“揺れない自由”という言葉は、やがて「感情を抑えることこそ誠実」という価値観と結びつき始めていた。
◆ ◆ ◆
【第2波:揺れ表現への規制と検閲】
TYPE-Øに歩調を合わせる国々では、教育・芸術・医療において「揺れ表現の見直し」が始まる。
・学校教材から“乳による心情表現”の描写が削除
・“揺れの舞”を伝統芸能から除外
・義乳・義揺れ装置に対する公共助成の停止
さらには、“誠実乳育成塾”の国際姉妹校が各地で閉鎖され始める。
最初の閉鎖通知は、かつて亡命者を受け入れた小国《ティリナ=サナ》から届いた。
> 【通知】
> 「乳は国家統一の象徴であり、個別揺動は秩序を乱す」
> 「貴塾の教育方針は“感情の暴走”と見なされ、閉鎖といたします」
その知らせに、塾の廊下に立つリリアーヌの手が、ゆっくりと震えた。
◆ ◆ ◆
──王都・誠実乳育成塾、作戦室。
報告書を前に、ユーフィリアが唇を噛む。
「……“翻訳された誠実”が、あっという間に“規格された誠実”に変えられてる……」
拓真は力なく椅子に沈み、言った。
「選ぶことを諦めたほうが、楽だからだよ。
“この乳が正しい”って誰かが言ってくれたら、悩まなくて済むもんな」
「TYPE-Øが見せてるのは、“秩序の乳”だ。正解のある乳だ」
リリアーヌは、ゆっくりと席を立つ。
「……でも、“正解のある乳”しか許されない世界で、
私たちの“揺れ”は、どこへ行くの?」
誰も答えられなかった。
◆ ◆ ◆
──同夜、塾の食堂。エミリアは塾生たちと囲む食卓で、静かに語った。
「みんな、“揺れられなくなる日”が来るかもしれないって、不安そうだった」
「でも私は……今こそ“張る”って、どういうことなのかが試されてるんだと思う」
「“揺れていいよ”って言われて揺れるのは、たぶん優しさに守られてるんだよね」
「でも、“揺れるな”って言われても揺れたいって思うなら──
その揺れはもう、誰にも壊せない。誠実の中にある核そのもの」
リリアーヌは、ゆっくりと頷いた。
「……そうよ。“張る”って、自分に言い聞かせることなんだわ」
「“この乳で生きる”って、もう一度、自分に宣言すること」
「だったら私は何度でも張る。誰かに“揺れなくていい”と言われたって──
私は、揺れて生きるって決めたんだから」
◆ ◆ ◆
その夜、ラグリス王国政府は世界に向けて短い声明を発表する。
「揺れない誠実を否定しません。
だが、揺れられない世界を受け入れるつもりもありません」
「我が国は、“乳に正解を与えない”という誠実を守ります」
声明文の最後に添えられた一行が、深く刺さった。
“誠実とは、未完成な揺れを選び続けること”




