【第50話】 『誠実は、翻訳され、揺れ始める』
──ラグリス王都・セレスティア大議事堂。
国際揺動文化会議(IBC)・最終日。
この日の議題は、ひとつだけだった。
「乳文化を持つ各国が、“自国における誠実”を定義し、世界へ宣言すること」
“正解”を統一することが目的ではない。
“違い”を恐れず、それぞれの乳が、自らの言葉で自らを語る──
それが、翻訳可能な誠実を世界に示すことになると、リリアーヌたちは信じていた。
今、壇上に上がっていくのは、これまで乳を語ることすら許されなかった国の代表たち。
その背中には、各国の民衆の期待と、不安と、鼓動が乗っていた。
◆ ◆ ◆
最初に登壇したのは、南海部族連合代表。
全身を花の香油で包み、胸元を太陽に照らすように開いた女性──族長セミア。
「我々の国には、文字がない。
でも、乳は祈りであり、言葉です」
「“揺れる”とは、神への感謝。“張る”とは、祖先に誇りを示すこと。
裸であることが“誠実”であり、それが我らの文化です」
会場に、柔らかくも熱のこもった拍手が起こる。
◆ ◆ ◆
次に立ったのは、北域の沈黙主義国家《ヴァルト=エン州》の青年官僚。
彼は厚く布をまとったまま、静かにマイクへ向かう。
「我々は、“揺れないこと”を誠実と定義してきました。
それは、“感情を外にぶつけない”という配慮の文化です」
「けれど今日、この場で申し上げたいのは──
沈黙の乳もまた、翻訳されるべきだということ」
「だからこそ、我々はこう宣言します」
「『我が国は、“揺れぬ誠実”を貫く』。だが“揺れる誠実”と共に在ることを選ぶ」
沈黙とともに、場内が深く頷いた。
◆ ◆ ◆
続いて、革命直後の新国家《ラメッシア共和国》の代表が立つ。
「私たちは昨日まで、“揺れると処罰される”国にいました」
「ですが、今こうして“自分の乳を語れる”国として立ちました」
「私たちの宣言は、こうです──」
「『私たちは、小さくても張る』。それが、私たちの誠実です」
その言葉に、ユーフィリアが小さく息を飲む。
(……張ってもいい。そう言えることが、もう誠実なんだ)
◆ ◆ ◆
各国の宣言は続く。
・砂漠の戒律国:「胸を隠すことが誠実。我らは“見せない揺れ”を守る」
・南方詩人国家:「乳は比喩。我らは“揺れる詩”として語る」
・軍事整形国家:“MILIT-BUST”陣営代表が初めて「制御された乳にも、“意志”が宿る」と発言
・ラグリス王国代表・リリアーヌ:「我が国は、“選ばれた乳”の全てを肯定します」
そして──最後に、誠実乳育成塾代表補佐として登壇したのは、如月拓真。
◆ ◆ ◆
拓真は、スピーチ原稿を持っていなかった。
代わりに、ゆっくりと胸に手を当てた。
「……俺は、乳が大好きです。正直、馬鹿みたいに大好きです」
「でもそれだけじゃ、ただの変態だった。
“好き”という気持ちに、“誠実”がなかったら、誰かを傷つけてしまうと知ったから」
「だから俺は、“自分の好き”に向き合うことに決めたんです」
「それが揺れるものでも、沈黙するものでも、義乳でも、摘出後の傷跡でも、
“その乳を生きたい”と願う誰かがいるなら──」
「俺は、全力でそれを支えたい」
「だから宣言します」
「誠実とは、“揺れ方の自由”を支え合うことです」
大広間に、立ち上がるような拍手が鳴り響いた。
それは国家の違いを超え、言語を超え、宗教を超えて響く、胸を張る音だった。
◆ ◆ ◆
翌日、IBC閉幕式。
【最終声明】
『揺れは文化であり、乳は言葉であり、誠実とは選び続ける意志である』
【IBC憲章:翻訳誠実条】が採択される。
・各国は“自国の誠実”を尊重し合う
・“揺れ”の有無を問わず、“語る乳”を支える
・“乳を持たぬ者”にも、“乳と向き合う権利”を保障する
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夜、塾の屋上。
リリアーヌが、そっと拓真に言う。
「やったわね。私たち、世界に“揺れ”を翻訳させた」
拓真は頷く。
「まだ始まったばかりだけど……でも、胸を張って言えるよ」
「誠実は翻訳された。今、世界が揺れ始めてる」




