【第48話】 『揺れる大地、揺らせぬ心──動乱前夜』
──IBC(国際揺動文化会議)閉幕3日前。
揺れの自由は、希望を広げていた。
沈黙の乳に言葉が宿り、失われた乳にも誠実が認められ、
“揺れとは生き方”であるという思想が、国を越えて翻訳されはじめていた。
だが、それを“侵略”と感じる者たちもいた。
◆ ◆ ◆
【速報】
東方圏・神律軍事国家〈レクス=ヴァルド連邦〉より声明:
「貴IBCにて提唱される“誠実乳”という概念は、
乳文化という名を借りた思想輸出であり、我が国の戒律・道義に対する明白な干渉である」
「揺れの国際化は“価値観の武力化”に等しく、
今後、誠実乳関連団体の入国を全面的に禁ずる」
レクス=ヴァルド──
軍政を基本とした宗教統治国家であり、国内において「身体的個性」は徹底的に制限されている。
“胸”は規格化され、女性の乳は年齢別に許可制。
揺れることは「不敬」とされ、整形による固定が義務化されている。
その国家がいま、誠実乳育成塾を名指しし、“文化侵略者”と断じた。
◆ ◆ ◆
王都の記者会見室には、ラグリス政府とIBC運営局、そしてリリアーヌが呼ばれた。
詰めかけた報道陣が問いかける。
「誠実乳は“自由”ですか? それとも“政治的価値観”ですか?」
「思想輸出の意図は本当にないと断言できますか?」
「ラグリス王国は、この批判をどう受け止めるのですか?」
リリアーヌは、深く一礼し、マイクを握った。
「私たちは、“揺れろ”とは言いません」
「ただ、“揺れたい人”が安心して揺れられる場所をつくりたい──
それが、私たちの活動の原点です」
「それがたとえ、世界のどこかで“危険”とされる揺れであっても、
揺れたいと願った人を否定する理由にはなりません」
「文化とは、共鳴です。
私たちは、共に揺れられる場所を探し続けます。無理強いするためじゃありません。
“揺れる自由”と“揺れない尊厳”が並び立てる世界を信じているからです」
◆ ◆ ◆
その日の夕方。
世界各地で「誠実乳理念」への反応が二極化し始めた。
【親誠実乳諸国】
・ソルティア民主共和国:「乳は国家の理性と感性の接点である」
・セリオス連合王国:「揺れは言語、そして芸術」
・アトランダ市民連盟:「誠実乳基本憲章を国法に組み込む」
【反誠実乳連盟(声明予備段階)】
・レクス=ヴァルド連邦
・ゼオノム戒律連合
・アランミス植民体諸国
→「IBCの提唱する誠実乳理念は、秩序と従順を損なう“乳テロリズム”である」
“乳をめぐる思想戦”が、始まりかけていた。
◆ ◆ ◆
その夜。誠実乳育成塾。
エミリアは、拳を握っていた。
「ねぇ、拓真。私たち、何か“戦争の種”を蒔いちゃったのかな……」
拓真は首を振る。
「違うよ。“揺れていい”って思った人たちの場所を守ろうとしてるだけだ」
「それが誰かの価値観を揺らしたとしたら──
それは、“揺れ”がちゃんと届いてるって証拠だよ」
リリアーヌも静かに言った。
「誠実って、いつも静かな戦いなのよ。
誰かの痛みと、誰かの願いが、同時に震えてるから」
「でも……私は信じてる。“共に揺れる”って言葉を、誰かが翻訳してくれる日が来るって」
◆ ◆ ◆
──そして翌朝。
レクス=ヴァルド連邦の政府機関が「国境への誠実乳関係者の接近を警戒対象」として発表。
さらにIBC会場周辺では、不審な魔導装置の反応が複数検出される。
世界が揺れていた。
乳の意味を問い直すたびに、“何か”が大地の奥で、静かに震えていた。




