【第47話】 『乳のない私に、誠実はあるか』
──国際揺動文化会議(IBC)第7日目。
本日のメインイベントは、初開催となる【乳と身体に関する当事者報告会】。
テーマは明確だ。
「乳とは何か。揺れない身体に、“誠実”はあるか?」
これまでのIBCでは、乳の大小、形、揺れ方、文化的象徴などを語る場が多く設けられていた。
だがついにこの日、誰もが避けてきた問いに、真正面から向き合う時間が訪れる。
◆ ◆ ◆
壇上に立ったのは、北方自治共和国〈ミューリス=エール〉より招かれた代表──
アンネ=リュディア。
彼女は、乳腺摘出手術を受けている。
乳がん罹患後、両側乳房を失い、義乳も装着していない。
演壇に立つその姿は、一見すれば“揺れ”の存在しない身体だった。
それでも彼女は、胸を張っていた。
それでも彼女は、まっすぐ前を見ていた。
◆ ◆ ◆
「はじめまして。アンネと申します」
その声は、凛としていて、穏やかだった。
「私には、もう“揺れ”はありません。
手術で失っただけでなく、“張ろうとする場所”もないのです」
ざわめきが、場内を覆う。
「でも──毎朝、私は胸を張って起き上がります」
「“ない”ということが、私にとって“恥”ではなく、“向き合う覚悟”であるようにと、願いながら」
「私の身体には、“乳そのもの”はありません」
「でも、“乳という存在と向き合った人生”があります」
誰もが静かに、耳を傾けていた。
「私は、揺れられません。だからこそ、揺れている人たちを見るたびに思うのです──
“その揺れが誠実であれ”と」
「それが、乳を失った私の誠実です」
◆ ◆ ◆
彼女の演説後、沈黙が続いた。
リリアーヌは、控席から立ち上がり、ゆっくりと壇上へ歩く。
彼女は、アンネと並んで立ち、こう語った。
「アンネさん。あなたの言葉は、“揺れる”ということの意味を、根本から見つめ直させてくれました」
「誠実とは、乳の存在ではありません」
「誠実とは、“乳に向き合う姿勢”です」
「それがどんな形であれ、どんな揺れであれ、
自分の乳と、生き方と、誠実に向き合った人は、すでに“張っている”のです」
「アンネさん。あなたは、間違いなく“誠実な人”です」
その瞬間、拍手が会場全体を包んだ。
◆ ◆ ◆
記者たちはアンネに群がったが、彼女はただ微笑んでこう言った。
「“乳がないこと”は、私の弱みではありません。
それを語れるようになったことが、私の誇りなんです」
その言葉は、IBCの報告書冒頭に刻まれることとなる。
『乳の定義は、存在ではない。
向き合う姿勢こそが、誠実を語る。』
◆ ◆ ◆
夜。塾の屋上にて。
ユーフィリアは、空を見上げながらぽつりと呟く。
「私、乳があるのに、ずっと向き合ってこなかった気がする……」
拓真が隣で答える。
「それに気づけたなら、それだけで、もう“張ってる”よ」
「“ある”から誠実なんじゃなくて、“選んだ”から誠実なんだ」




