【第44話】 『翻訳されし揺れ──異文化と誠実の衝突』
──ラグリス王都・IBC(国際揺動文化会議)第3日目。
仮設議場の空気は、初日・二日目と比べて一層張り詰めていた。
なぜなら今日登壇するのは、IBC加盟国の中でもとりわけ**“揺れ”に厳格な伝統文化圏──南方連合ブラスティア諸国**代表団だったからである。
高温多湿な気候、儀礼的な全身装束、そして“乳は内面性の鏡”として、揺れを公の場で見せることを禁忌とする乳文化。
その代表として登壇したのは、民族衣装に身を包んだ重鎮女性学者──ラ・スア女史。
背筋は伸びていたが、乳は完全に包まれ、揺れの影もなかった。
◆ ◆ ◆
「我が民族において、乳とは“語らぬ思想”であり、沈黙と共に在るべきものです」
「“揺れる”ことは、まるで感情をぶつけるようであり、他者の尊厳を侵犯するものとされます」
会場の空気が、ざわざわと波立つ。
リリアーヌが何か言おうとするのを、隣で拓真が手で制す。
「このまま言葉を返しても、伝わらない」
「……ならどうするの?」
「言葉じゃなくて、“揺れ”を翻訳するんだよ」
◆ ◆ ◆
その後、意見交換の場で拓真はゆっくりと壇上に立つ。
その手には、**言語翻訳板と揺動表現記録盤(GVR)**という、近年魔導通訳士に用いられている2種の装置。
「私は如月拓真、誠実乳育成塾の補佐官です」
「今日のこの議題、“服装の自由 vs 揺れる自由”という形で衝突していますが──
そもそも“自由”の定義が、文化ごとに違うということを、まず前提としましょう」
ざわつきの中、彼は記録盤を操作し、ラ・スア女史の「尊厳」の揺れを再生する。
完全に静止した乳。
微動だにしない姿勢。
周囲に発する“場”の力──それを、彼女たちは“揺れ”と呼んでいないだけだった。
「……なるほど」
リリアーヌが小さく呟く。
「“動かないこと”が、彼女たちの“張る”なんだ」
◆ ◆ ◆
拓真は次に、エミリアの「誠実な揺れ」の映像を再生。
会場にいた異文化代表たちに、魔導波動変換装置を使い、**“揺れに含まれる感情の周波”**を翻訳・提示する。
それは“傷ついたこと” “悩んだこと” “それでも立とうとしたこと”──
言葉ではなく、乳の微細な動きの中に宿る意志だった。
ラ・スア女史の表情が、わずかに動く。
「……これは、振る舞いではない。心の軌跡か」
「“揺れる乳”に、私たちの“沈黙の乳”と同じ精神性が含まれていたとは」
拓真は一歩前へ進み、深く礼をした。
「誠実とは、ただ揺れることではない。
その乳に何が込められているかを、理解しようとする姿勢です」
「そしてその理解には、“翻訳”が必要なんです」
◆ ◆ ◆
討議後、ブラスティア連合は声明を出す。
「我々の乳文化と、ラグリスの“誠実乳理念”は根本が異なる。
だが、異なるからこそ、翻訳によって共存できる可能性がある」
「“張る”とは心の方向性であり、揺れの形に限らない。
今後、相互理解のための“揺動通訳士”養成事業を視野に入れる」
ラグリス王都は、この声明を“外交的ブレイクスルー”と受け取り、国民的な話題となった。
そして──誠実乳育成塾では、拓真がこっそりとエミリアにこう言う。
「言葉じゃなくても、ちゃんと伝わったな」
エミリアは、少し赤くなりながらも笑って答えた。
「うん。……これからは、“揺れの翻訳家”って肩書き、アリかもね」




