【第40話】 『誠実とは、誰かの“揺れ”を否定しないこと』
──王都・中央議事広場。
その朝、広場を埋め尽くしたのは、数千人規模の市民だった。
老若男女。
小さな乳、大きな乳。
過去に揺れを咎められた者、揺れなかったことで笑われた者、
そして──これから“揺れること”を選ぼうとする者たち。
この日行われるのは、王国史上初となる**“乳に関する国民投票”**。
【投票項目】
『誠実乳基本権憲章』採択の是非について
・すべての市民に「自らの乳を誇り、語り、揺らす自由」を保障する。
・他者の乳を否定しない義務を持つ。
・整形・再建・魔導・自然いかなる乳も、その“選択”を尊重する。
これは、単なる権利の明文化ではない。
王国における“乳という存在”に、初めて国家としての姿勢を示す一票だった。
◆ ◆ ◆
広場中央の仮設演壇。
そこに立ったのは、乳育塾創設者であり、これまで幾度となく誠実の意味を問うてきた一人の少女──
リリアーヌ・グランディール。
風が吹く。
旗がはためき、彼女の髪と胸元が揺れる。
「皆さん。今日、私がここに立つのは、正しさを押しつけるためではありません」
「私自身、何度も“誠実”という言葉に迷ってきました」
「“揺れている”だけで下品と言われた日がある」
「“張っている”だけで軽蔑された日がある」
「でも、だからこそ私は、こう思います」
「──誠実とは、完璧でも清廉でもなく、“矛盾ごと抱える勇気”です」
「理想の乳になれなかった日も、他人の視線が怖くて下を向いた日も、
それでももう一度、胸を張ろうとした自分を裏切らないこと──」
「それが、“私にとっての揺れ”でした」
彼女の言葉に、聴衆の目が濡れる。
「今日、私たちは誰かの乳を選ぶのではありません。
“選ぶ自由を、全ての人に保障する”かどうかを問うのです」
◆ ◆ ◆
その頃、控え席にいたユーフィリア・アルセリーナは、手を胸に当てていた。
静かに、深く、目を閉じる。
かつて“揺れないこと”が役割だと思っていた。
MILIT-BUSTで「感情を排した揺れこそ美しい」と言われ、心が折れかけた。
でも、今の自分には、はっきり言える。
「私は……今日、自分の乳を“初めて選んだ”」
涙が頬を伝う。
「誰かのためじゃない。“私”が、この形、この揺れ、この人生を、生きたいから」
隣で拓真が、ただ黙って頷いた。
(選んだな……自分で、揺れることを)
◆ ◆ ◆
そして、王都最上段──王宮のバルコニーに姿を現した男がいた。
アレクシス王子。
国家の象徴として、最終発言の権利を持つ立場。
彼は、かつてユーフィリアに「何も感じない」と言った男だった。
その彼が、今、群衆に向かってこう語る。
「私は、王族という衣に包まれて、長い間“揺れ”を遠ざけてきました」
「でも、リリアーヌや、誠実乳育成塾の若者たち、
そして市民の皆さんの言葉に、心を動かされました」
「“完璧に整った乳”を否定はしない。だが、未完成の揺れにも、未来がある」
「だから私は、この国が“未完成な揺れ”を守る国であることを、ここに誓います」
◆ ◆ ◆
夕刻。投票終了。
開票所に詰めかける市民たち。
魔導掲示板に表示されるリアルタイム投票速報。
そして──
【開票結果】
『誠実乳基本権憲章』
■賛成:76.3%
■反対:21.7%
■棄権・無効票:2.0%
圧倒的賛成多数により、採択決定。
リリアーヌの目に、涙が滲む。
「これで……ようやく、誰もが胸を張っていい国になれる」
ユーフィリアが隣で微笑む。
「ありがとう、リリアーヌ。私、ようやく……“揺れていい”って言えたから」
その夜。王国全土に乳神像がライトアップされ、記念演説が放送される。
「今日、我々は“揺れの自由”を選びました」
「それは、美しさではなく、意志の証明です」
「そして何より──誰かの揺れを否定しないこと。それこそが、誠実です」




