【第39話】 『誠実乳裁判──MILIT-BUST vs リリアーヌ』
──ラグリス王国・王政大審議殿《金穹の間》。
王国建国以来、“軍政”“信仰”“制度”といった国家の根幹に関わる論争のみが許されてきた神聖な空間。
だがこの日、その壇上に掲げられた討論テーマは前代未聞だった。
《国家認可 公開審論会》
題目:「乳は国家理念となり得るか」
〜誠実乳育成塾とMILIT-BUST計画の理念的対立を問う〜
通称──誠実乳裁判。
議席の半分は貴族派、もう半分は民選議員と市民代表で構成され、中央に配置されたのは二人の代表。
右席、鮮やかな紅のドレスに身を包み、官能的な微笑を浮かべる女──
ヴァネッサ・トリフェル公爵夫人。MILIT-BUST推進派、保守貴族陣営の象徴。
左席、控えめながらも真っ直ぐに立ち、視線を逸らさず前を見据える少女──
リリアーヌ・グランディール。誠実乳育成塾の創始者、民衆派の魂。
そして、中央司宰官として議論を取り仕切るのは教育庁特別監察官──
クローディア・アレーン。
◆ ◆ ◆
開会の鐘が鳴る。
まず口火を切ったのは、ヴァネッサだった。
「諸君。私はこの国における“乳”というものの暴走に、深い懸念を抱いております」
「“揺れる自由”などという名目のもと、感情の奔流が秩序を浸食し、
今や乳は“公共の混乱因子”となりつつあります」
会場が静まり返る中、彼女は滑らかに続ける。
「我がMILIT-BUST計画は、そうした不安定性を排し、美と秩序の調和を実現するものです」
「美は整えるもの。揺れは制御されるべきですわ」
「国に必要なのは“誠実”という不定形の理念ではなく、
機能に裏打ちされた信頼性です」
拍手が貴族席から湧き上がる。
フォルム、制御、国家性──それらの論理性に魅了された者たちによる反応だった。
◆ ◆ ◆
続いて、リリアーヌがゆっくりと壇上に立つ。
彼女は言葉を選ぶように、一瞬目を閉じ、静かに語り始めた。
「……たしかに、整っている乳は美しいです。私も、そう思います」
「けれど私は、整っていない乳にこそ、心を揺さぶられてきました」
「揺れすぎて笑われた人。張ることに怯えた人。整っていないことを恥じた人」
「その一人ひとりが、自分の乳を“張って”生きようとする姿に、私は何度も心を震わされたのです」
会場に、ざわめきが戻る。
リリアーヌの声は熱を帯び、真芯から響く。
「美しさは“揺れの精度”に宿るのではありません」
「どれだけ傷ついても、自分の揺れを手放さなかったその“意志”にこそ、美は宿るのです」
「MILIT-BUSTの揺れは、たしかに整っていました。でも──あれに、心はありましたか?」
「私は、“誰かのために選ばれた乳”ではなく、
自分で選んだ乳にこそ、“誠実”の意味があると思っています」
静寂。
そして──民衆席の中から、ひとり、拍手。
それは、やがて波となり、塾生たち、ちち友会、王都の市民代表へと伝播していく。
◆ ◆ ◆
議会は一時中断され、臨時協議へ。
クローディアは、締めの言葉として、静かに言った。
「誠実とは、唯一の正義ではない。選び続ける行為そのもの」
「そして今日、我々は“誰の乳が正しいか”を決めるのではなく、
“どんな乳にも、生きていい理由がある”という社会を築く出発点に立った」
「それが、この裁判の、何よりの意義です」
◆ ◆ ◆
その夜、王都各地にて報道が流れる。
『誠実乳 vs MILIT-BUST 公開裁判、引き分けにて終了』
『揺れの定義は“国家による統一指針”に非ず、市民判断に委ねられる方向へ』
『リリアーヌ、「矛盾ごと張ることが誠実」発言に共感拡がる』
◆ ◆ ◆
裁判後の帰り道。
ユーフィリアが、リリアーヌに静かに言う。
「今日、あなたが話した“整っていない乳”のこと……それ、たぶん、私です」
リリアーヌは笑った。
「ええ。私もそう思ってたわ。でも──」
「あなたは、もう“揺れを選ぶ人”になってる」




