【第37話】 『正義の乳 vs 無情の乳』
──ラグリス王国・第一区、誠実乳育成塾前。
静かな午前の空気が、怒号とともに裂けた。
「揺れる乳は、混乱を招く!」
「感情の暴走を“誠実”と呼ぶな!」
「MILIT-BUSTこそ、秩序ある未来の象徴だ!」
掲げられるのは整ったフォルムの横断幕。
それらは一様に、MILIT-BUST支持を表明する市民団体が動員したものであった。
代表団体の名は──
【秩序ある乳社会推進連盟(O.B.A.)】
※通称:オバ連
構成員は比較的高齢の保守層を中心に、
最近では“誠実乳”に幻滅した若年層も加わり、急激に勢力を拡大しつつあった。
「あなたたちの“揺れ”は、社会に不安定さを撒き散らしているだけ!」
「どこを歩いても“誠実乳”を掲げる商店、宣伝、塾、塾、また塾! もはや宗教じゃないのか!」
集団の前にはメディアも殺到していた。
この日は、正義の揺れと、無情の秩序が真正面からぶつかる日だった。
◆ ◆ ◆
誠実乳育成塾・正門前。
塾生たちは困惑しながらも、外に出てきた。
エミリアが震える声で言う。
「……彼らの声、以前の私と似てる。
“整っていない自分”を否定したくて、誰かの正しさにしがみついてる」
「……だけど、今はもう違う。私は、揺れていいって知ってる」
そこへ、拓真が歩み出る。
彼は、ゆっくりとマイクを持ち、O.B.A.の演説台へと向かった。
「如月拓真、誠実乳育成塾の教育補佐官です」
野次が飛ぶ。
「来たぞ、“誠実の代弁者”が!」
だが拓真は、一歩も退かない。
むしろ、真っ直ぐに彼らの中心へと立った。
「皆さん。“揺れること”が混乱だという意見、それは理解できます」
「だけど──混乱が悪いとは、限らない」
「この国は、長いこと“整ったもの”を信じてきた。
軍服も、言葉も、乳も──型にはまって、揺れることを許されなかった」
「でも今、人はようやく“揺れてもいい”と言えるようになった」
彼の言葉に、広場が静まる。
「誠実は、混乱ではありません。
揺れる自由を“許す秩序”なんです」
「他人の乳を笑わず、自分の乳を偽らず、誰の胸にも“生きていい形”があると認め合う。
それが誠実乳の理念です」
「それを“暴走”だと切って捨てるなら、
この国はまた、“整った仮面”の下に心を押し殺すことになる」
沈黙。数秒の、永遠のような間。
それを破ったのは──観衆の拍手だった。
「……そうだ……」
「そうだよ……! 私はMILIT-BUSTの揺れ、綺麗だと思った。でも、心が動かなかった……」
「整ってないこの胸で、私は毎日必死に生きてる。それが悪いなんて、誰が決めた!」
O.B.A.内部からも、動揺の声が上がり始める。
リリアーヌが静かに口を開いた。
「誠実乳とは、**“他人の乳を否定しない揺れ”**です」
「どんな乳にも、張る理由があり、守る価値がある」
「それを“社会不安”と決めつけるのは、
揺れを恐れて、誰かの胸を黙らせたいだけ」
彼女の言葉に、エミリアがそっと笑った。
「私は、揺れます。今日も、明日も。
それが、私が誠実に生きる道だから」
◆ ◆ ◆
夕刻。
O.B.A.の代表は、集会の早期解散を宣言。
一部メンバーは脱退し、**“寛容乳主義”**へと転向を表明。
その動きは、国中に報じられた。
『揺れは、正義か混乱か──王都で思想が割れる』
『如月拓真、誠実乳に“秩序”を与えた一言が話題に』
「揺れる自由を許す秩序だ」──SNSトレンド1位へ
◆ ◆ ◆
その夜、塾の屋上。
拓真は、夜風に吹かれながら空を仰いでいた。
「……まだ、戦いは終わらない。けど、
今日だけは、少しだけ“誠実が勝った”気がする」
リリアーヌが隣に立ち、優しく言った。
「“揺れない乳”に怯える時代は、もう終わりよ」
「これからは、自分の揺れを、選べる時代にしていきましょう」




