【第35話】 『MILIT-BUST、始動』
──王都・西端防衛区画、旧魔導兵器実験場《第零格納庫》。
そこに設けられた巨大な白亜のドーム。
通常の軍事公開会場ではない。
しかし今日だけは、例外だった。
《特別公開演習:新型戦術魔導兵ユニット発表会》
主催:王国軍事研究局+貴族連合戦略委員会
監修:トリフェル公爵家
軍、政治、そして経済が裏で手を結んだプロジェクト。
その名は──
MILIT-BUST(ミリット=バスト)。
通称:「魔導制御乳兵ユニット計画」。
揺れは、意志ではなく命令される。
張りは、誇りではなく、規格で決まる。
“誠実”という言葉を一切含まない、機能だけに最適化された乳の未来兵器である。
◆ ◆ ◆
中央演壇。
会場には軍高官、政界人、王国メディア、そしてごく限られた市民代表が集められていた。
「皆さま。お初にお目にかかりますわね」
姿を現したのは、紅のドレスに身を包み、妖艶に笑う女──
ヴァネッサ・トリフェル公爵夫人。
「本日は、“誠実の名のもとに混乱した乳文化”に、
ひとつの“終止符”を打つための、新技術をお見せいたします」
彼女が手を上げた瞬間、巨大ドームの天井がゆっくりと開いた。
そこから降り立ったのは──完璧な均衡と揺れを備えた少女型ユニットたち。
動きに無駄がない。
笑わない。迷わない。心がない。
だが、乳だけは揺れている。
その揺れは美しい。完璧だ。
左右の波形はシンクロし、魔導補助筋による精密制御で“感情”の代わりに“理想”が揺れる。
観衆からは、自然と拍手が起きた。
「……これは、芸術か?」
「いや、“乳の完成形”だ……」
「誠実なんて要らない。これこそ、我々が求めていた揺れだ……!」
◆ ◆ ◆
その会場の後方に、立っていたひとりの女性。
誠実乳育成塾代表──リリアーヌ・グランディール。
彼女はその“揺れ”を見て、心の奥から凍るような感覚に襲われていた。
(……美しい)
(……でも、何も、感じない)
それは、彼女が最も恐れていたものだった。
「この揺れには、“心がない”。ただ設計された“波”だけがある」
彼女の胸が、寒さに震えた。
◆ ◆ ◆
演壇上、ヴァネッサがにこやかに語る。
「“揺れる”とは、民衆を不安定にするもの──そう思ってきました」
「ですが今、こうして制御され、精度を持った揺れは、希望と秩序の象徴になり得ます」
「これからの時代は、“制御された乳”が国家の矛となるのです」
彼女が掲げたプレートにはこう記されていた。
【MILIT-BUST:第一部隊 近日正式運用開始】
◆ ◆ ◆
その夜、誠実乳育成塾。
報道によって拡散された映像を見て、生徒たちがざわめいていた。
「すごい……あんなに綺麗な揺れ、初めて見た」
「でも、あれって本当に“誠実”なの?」
リリアーヌは、視聴端末を静かに閉じた。
「……拓真」
「なんだ?」
「“誠実の未来”は……奪われたかもしれない」
その声に、いつもの自信はなかった。
彼女の胸は、確かに“誇りの寒さ”に凍りつきかけていた。
◆ ◆ ◆
だが、彼女はすぐに立ち上がった。
自分の胸元を見下ろし、小さく呟いた。
「でも……私は、まだ終わっていない」
「“選ばれた揺れ”に対して、“選び取る揺れ”を守る義務がある」
「誠実乳の矜持は、“整っていること”じゃない。
どれだけ揺れても、“信じた揺れを手放さないこと”よ──」




