【第34話】 『誠実審問会──あなたの乳に矛盾はあるか?』
──ラグリス王国・王都公会堂《アストラの間》。
天井高く鳴り響く鐘の音。
百年の歴史を持つ重厚な公会堂に、今、人々の“胸の矛盾”が集まろうとしていた。
本日開催されるのは、かつて例のない議会形式イベント──
《公開型・誠実乳市民審問会》
誠実乳という概念が国家に認められ、その波紋が市民一人ひとりの生活に及んでからというもの、
「どこまでが誠実で、どこからが偽りなのか」
という問いが、社会のあちこちに吹き出していた。
教育庁、王都市民団体、乳育塾の三者共同による本会は、
“誠実”という美しい言葉の裏で揺れる不安と対峙する、初の試みだった。
◆ ◆ ◆
会場中央には、十字型に配置された答弁席。
周囲をぐるりと取り囲む市民代表と、報道関係者。
そして審査台には、教育庁監察官──クローディア・アレーンが座っていた。
横に並ぶのは、誠実乳育成塾代表として──リリアーヌ・グランディール。
傍らには、補佐として如月拓真。
緊張が支配する空間の中、第一の声が挙がる。
「……質問します。整形乳でも誠実って言えるんですか?」
「自分の意志じゃない形を選んだ時点で、それってもう“誠実”じゃないんじゃ……」
空気が一気に揺れる。
「私は再建手術をした乳ですが、“誠実”と言ってはいけませんか?」
「私は遺伝で小さい乳です。“張ってます”って言ったら、笑われました」
「人工魔導乳の娘が、“誠実”って叫んでて……私、嫉妬したんです。
自分の揺れに、自信がなくなった」
◆ ◆ ◆
壇上、リリアーヌはゆっくりと立ち上がる。
その胸元には、彼女自身が“誠実に張ってきた”時間の重みがあった。
「……答えは、ひとつではありません」
「整形した乳も、再建した乳も、自然な乳も、どれも“張ること”はできる」
「誠実とは、自分の乳に言い訳せず、矛盾ごと抱きしめることです」
ざわつきが、少しだけ静けさに変わる。
「たとえば、他人と比べて揺れなかったとしても──
揺れようとした“心”があるなら、それは誠実です」
「“あの人より小さいから言っちゃいけない”
“本物じゃないから語れない”──それは、誰かが作ったルール」
リリアーヌの瞳が、一人ひとりを見つめる。
「誠実って、そんなに“整って”なくていいんです。
ぐちゃぐちゃに悩んで、それでも張ろうとすること。」
「私は、そういう揺れに、一番“心が動かされてきた”」
◆ ◆ ◆
会場の片隅。
人工魔導乳を持つ少女が、手を挙げた。
「私……ずっと“偽乳”って言われてきて、張るのを諦めてたんです」
「でも、今日だけは言ってもいいですか」
彼女は、胸元にそっと手を当てた。
「私の乳は、誰が作ったかじゃない。私が、誇ってるかどうかだって」
拍手が、静かに広がっていった。
◆ ◆ ◆
閉会後。
クローディアは、記録用の報告書にこう記した。
「誠実は、単一の定義を許さない。
それは“語るたびに揺れ”、
“選ぶたびに迷い”、
“答えるたびに、変わる”。
それこそが、本来の“揺れの尊厳”である」
彼女は静かに、眼鏡を外し、遠くを見る。
「ようやく……この国が“問いの時代”に入ったのね」
傍らで拓真が呟く。
「“胸を張る”って、こんなに難しいことだったんだな」
リリアーヌは、ゆっくりと頷いた。
「でもね──難しいからこそ、張る意味があるのよ」




