【第32話】 『揺れすぎた街──誠実過激派の出現』
──王都・南部商業区、第三露店街。
午後、白昼。
平和だった乳の街に、突如として“揺れが暴力に変わる瞬間”が訪れた。
「見ろよ、あの服の揺れ。あれで“誠実”とか名乗るなよ!」
「整形乳は不誠実! 感情のない乳なんて、ただの脂肪の塊だ!」
怒号。拡声器。乱雑な看板と、過剰な乳の揺れアピール。
その中心にいたのは、金のタスキと“張るべき義務”を掲げた新興団体──
■過激派乳義勇団《真誠爆揺戦線》
通称:R.B.S.(Real Bust Soldiers)
構成員は主に、誠実乳育成塾のスローガンに感化されながらも、
“自分の乳に自信を持ちすぎた”者たち。
彼らは誠実乳の理念を極端に解釈し、今や**“揺れない乳は偽物”**と断じるようになっていた。
◆ ◆ ◆
「この塾で教えてるのは、揺れる自由だろ?」
「ならば揺れない奴は“自由を放棄した裏切り者”じゃねーかよ!」
暴走は、無自覚な“貧乳差別”となって街を蝕み始めた。
小さな体型の少女が泣きながら通り過ぎる。
整形乳で生きてきた女性が、自身の胸を隠すように俯く。
「“誠実”を盾にして、乳を測るな!」
そう叫ぶ別の市民の声さえ、R.B.S.には届かない。
◆ ◆ ◆
誠実乳育成塾・緊急評議会。
事態を受けて、塾本部にメディアが殺到し、リリアーヌが即時対応を求められていた。
「……ここまで来たのね。“誠実”が……暴力の免罪符になるなんて」
彼女は拳を握りしめる。
「“誠実”は、誰かを殴るためにある言葉じゃない──
誰かがうつむかずに済むために、ある言葉よ」
拓真が隣で静かに言った。
「彼らは、張ってる自分に酔ってるだけなんだ」
「揺れで誰かを測り始めた時点で、もう“誠実”じゃない」
エミリアも、かすかに震えながら言葉を繋ぐ。
「私……あの人たちと同じだって思われたくない。
私の乳は……誠実に、ただ私として揺れていたかったのに」
リリアーヌは立ち上がる。
「広報声明を出すわ。“育成塾の理念を悪用するいかなる団体とも無関係”だと」
「そして……私は、この揺れで、もう一度“誠実”の意味を語り直す」
◆ ◆ ◆
その日の夕刻。
王都広場に仮設演壇が設けられ、リリアーヌが登壇した。
広場を埋める視線。
その多くが不安を抱え、戸惑い、そして“正しさ”を見失っていた。
彼女は、強く胸を張った。
「“揺れること”は、誠実の証です。でも──それは、他人を揺らす理由にはなりません」
「“揺れない乳”を嘲笑う者たちへ、私は言います」
「それは、誠実ではなく、誠実の皮を被った暴力です」
静まり返る広場に、響き渡る声。
「誠実とは、自分の乳を愛すること。
でもそれ以上に、誰かの乳を否定しないことです」
「どうか、自分の乳だけが“正義”だと思わないで」
「“正義の乳”ではなく、“共に生きる乳”であってほしい」
その瞬間。
過激派構成員の中にいた少女が、泣き出した。
「……わたし、Aカップだけど、“張ってる”って言いたかっただけなの……」
周囲の怒声が、次第に静まっていく。
彼らの“揺れ”は、今、初めて“誰かの言葉”として受け取られた。
◆ ◆ ◆
その夜、リリアーヌは屋上でひとり、星を見上げていた。
「揺れることは、誰にも止められない」
「だからこそ、その“揺れ方”に、誠実でありたい」
彼女の胸は、風に応じて、優しく、誇らしく、揺れていた。




