【第30話】 『国家に問う──あなたの乳は、誰のもの?』
──ラグリス王国・王宮前《ファレンセ広場》。
その日の朝、王都は異様な緊張に包まれていた。
王宮正門前に、数千人規模の民衆が集結。
揺れる旗、手製のプラカード、張りつめた息遣い──そのすべてが、たったひとつの問いに向かっていた。
「この国は、“どんな乳”を誇りとするのか?」
すでに広場には、誠実乳育成塾の生徒たちをはじめ、
“ちち友会”の母たち、胸を張る少年少女、そして心揺れるすべての人々が立っていた。
中央、仮設演説台の上に立つのは──
リリアーヌ・グランディール。
彼女の胸は、今日も凛として揺れていた。
◆ ◆ ◆
「この国は、私に“胸を笑う言葉”を与えました」
彼女の声が、魔導拡声器によって広場中に響き渡る。
「“揺れるから下品”と言われ、
“大きすぎて不快”だと責められ、
“誇ったから傲慢”だと断罪されました」
リリアーヌは、胸元に手を添えた。
「けれど私は今──
この胸を、**“語ることができる”**ようになりました」
「揺れたことも、傷ついたことも、張り直したことも、
すべてをこの胸に重ねて、ようやく“私は私だ”と、言えるようになったのです」
民衆の目に、涙が滲む。
誰もが、自身の乳にまつわる記憶を思い出していた。
「だから、私は皆さんに問います」
「──あなたの乳は、誰のものですか?」
「誰かの理想のために揺れるものですか?
誰かの秩序のために整えるものですか?」
「いいえ、違う」
リリアーヌは、拳を握って掲げた。
「あなたの乳は、あなたのものです!」
「小さくても、大きくても、張っていても、垂れていても──
それを“選んだ”あなたが、誇りを持つべきです!」
「この国が、“誠実に揺れる自由”を掲げられるなら──
私は、もう二度とうつむきません!」
歓声が広がった。
まるで、風そのものが鼓動を持ったかのように。
◆ ◆ ◆
──そのときだった。
王宮のバルコニーが、静かに開く。
白金の装束に身を包んだ青年が現れた。
アレクシス=ヴァル=ラグリス王太子。
沈黙の数日を経て、ついに彼が現れたのだ。
民衆が息を呑む。
壇上のリリアーヌが静かに視線を上げる。
そして、王子が口を開いた。
「……私も、かつて“乳を裁いた”ひとりです」
「自分のそばにいる者が“揺れる”ことを、恥ずかしいとすら思っていました」
彼は静かに胸元に手を当てる。
「けれど、今ならわかります。
揺れることは、弱さではなく、誠実の証だったのだと」
王宮前が、静寂に包まれる。
そして──
「だから私は、この国の未来に──“誠実な揺れ”を選びます」
「整えられた美しさではなく、選ばれた誇りを」
「誰かの価値ではなく、自分の乳に宿る人生を」
「私は、この王国を“胸を張ることを許される国”として導いていく!」
広場が、揺れた。
「うおおおおおおおおおおおお!!」
「揺れたあああああ!! 王子が揺れたあああ!!」
「殿下ァァァ!!」
「誠実の王、爆誕!!」
「#王子も張った」
「#誠実揺れ解禁」
その日、ラグリス王国は歴史を塗り替えた。
“乳”が、政治ではなく人格の自由として認められた日。
“誠実に揺れること”が、国家の選択として宣言された日。
◆ ◆ ◆
その夜。王宮の片隅。
リリアーヌと拓真は、星空を見上げていた。
「……終わったわね」
「いや、始まったんだと思う。“誠実に乳を張る”時代が」
リリアーヌはそっと笑った。
その胸には、かつての傷があった。
でも今、その傷すら“張る誇り”になっていた。




