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【第3話】 『悪役令嬢、涙と共に追放される』

──翌朝、王都は静かな雨に包まれていた。


 空を覆う鉛色の雲は重く、冷たい風が街路を吹き抜ける。

 前夜、舞踏会にて起きた“婚約破棄騒動”は瞬く間に広まり、宮廷から王都中の噂好きな令嬢たちの耳へと拡散されていた。


 


「リリアーヌ様、あの場で王子に逆らったんですって?」


「しかも変な男が出てきて、“おっぱいが誠実”って叫んだらしいわよ」


「いよいよ落ちぶれたわねぇ、公爵令嬢も──」


 


 そう口さがない女たちの言葉を、彼女は黙って聞いていた。


 ──リリアーヌ・グランディール。

 かつては誰もが恐れ、羨み、そして敬意を抱いた名家の令嬢。


 だが今やその身にあるのは、“王太子からの婚約破棄”という烙印。

 さらに宮廷の意向により、爵位剥奪と屋敷の明け渡し処分が下されたのだ。


 


「お荷物は……すべて纏めました、リリアーヌ様……」


 侍女の声が震えている。


 いつもは凛として彼女に仕えるその小さなメイドも、今や不安げに彼女の手元を覗いていた。


「……ご苦労さま。もう、あなたは自由よ。グランディール家は今日限りで終わりなのだから」


 リリアーヌは静かに微笑み、少女の手を取る。


「新しい仕え先を探してね。あなたの腕なら、すぐ見つかるはず」


「……リリアーヌ様……っ」


 侍女は泣きそうな顔で頭を下げ、屋敷を去っていった。


 


 大理石の廊下に、ひとりだけ残された少女。

 もう、誰も声をかけてこない。


 かつては社交界の花。

 舞踏会では常に主役。

 その彼女が今、追放される立場にいる。


 


 リリアーヌは最後に、鏡の前に立った。


 紫のドレス。金の巻き毛。美しい首元のティアラ。

 それは、もう彼女にとって“過去の衣装”でしかなかった。


 


「……ばかみたい」


 思わず、声が漏れる。


「何を信じて、何を誇ってきたのかしら……。胸を張ることに意味なんて、なかったのよ」


 鏡の向こうで、涙をこらえる少女が微笑んでいる。


「張ってたのは……きっと意地だけだったのよね」


 


 そのとき──


 扉が、勢いよく開いた。


 


「リリアーヌさぁぁぁん!!」


 ズカズカと、靴音も気にせず駆け込んできたのは、昨日会場で騒動を巻き起こした男。


 ――如月 拓真。


 


「なんで、もう出て行こうとしてるんですか!?」


「……あなた、どうしてここに」


「乳の導きです!!」


「うるさいわよ!!」


 


 ひとしきり怒鳴った後、彼女はため息をついた。


「王太子に逆らったのよ? 次はあなたが処分されるわ」


「それでもいいです!」


 


 拓真は、その場で両膝をついた。


「俺は……貴族でも、騎士でも、王族でもない。ただの……おっぱいが大好きな転生者です」


「……」


「でも……! あなたの胸に、俺は誠実でいたいと思ったんです」


「……バカなの?」


「はい。自覚はあります。だっておっぱいに命を懸けて死にましたから」


「ほんとにバカなのね……」


 リリアーヌは呆れたように笑った。


 だがその頬には、ほんのわずかに涙の跡が。


 


「……誠実でいたい、って……」


「あなたの胸を守りたい。それが、俺の正義です」


 


 静かな部屋に、雨音が優しく響く。


 


「……この胸に、誠実って……そんなこと、言われたの初めてよ」


「俺は……たとえ世界中があなたを見放しても、絶対に否定しない。だってあなたの胸は、本当に誇らしかった」


「…………っ」


 


 次の瞬間。


 リリアーヌの身体が、拓真の胸元に飛び込んでいた。


「……ばか……ほんとに、ばかなんだから……」


 彼女は静かに泣いた。

 声を上げず、誇りを崩さず、ただ、そっと寄りかかるように。


 その胸元に宿る温もりが、

 拓真の“乳眼”に、確かなぬくもりと真実を告げていた。


 


(この人は……嘘をついてない。

 ずっと、誰かに許されるのを待ってたんだ……)


 


 ──悪役令嬢とされ、すべてを失った少女と。

 ──おっぱいを愛しすぎて転生した少年の。


 運命の共闘は、ここから始まる。

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