【第21話】 『審査官襲来──誠実乳塾、監査開始!』
──その日、誠実乳育成塾は朝から異様な空気に包まれていた。
早朝6時、まだ乳体操すら始まっていない時間。
義勇軍の伝令が駆け込んできた。
「来ました! 教育庁直属の“最終現地監査チーム”、本日到着です!!」
「っ……いきなりすぎでしょ!? せめて一日くらい余裕くれよぉ!」
「訓練用乳の水分調整、間に合いませんって!」
塾生たちは一斉に乳具を片づけ、部屋の掃除と規律の確認に追われる。
中には、焦りすぎて「推し乳ポスター」を慌てて剥がしている生徒もいた。
「静かに! 落ち着いて! 胸を張って!そして誠実に!!」
リリアーヌの怒号が響くなか、門の外から馬車の轍音が近づいてきた。
それは、重く、厳格な“国家機構の揺れ”そのものだった。
◆ ◆ ◆
――そして現れたのは、たったひとりの女だった。
黒のスーツを完全に着こなし、ボタンは一切緩まず、髪型は一糸乱れぬシニヨン。
身長は高くない。
むしろ、並んだリリアーヌより一歩下がるような小柄。
だが、その存在感は“山より重く、乳より冷たかった”。
「私は、教育庁・監査局・特例審査部門第七査察室所属、クローディア=アレーンです」
彼女は挨拶もそこそこに、鋭い目で塾生たちを見回す。
「ほう。実際に“乳魂育成”などという奇怪な概念で教育をしている場所が存在するとは」
皮肉と軽蔑が交じったその声に、教室全体が凍りつく。
リリアーヌは一歩前に出て、毅然と言った。
「誠実乳育成塾は、すでに地域教育補助金を受け、王都でも効果を認められています」
「今日の監査は、私たちの“胸を張る教育”が正式に国に認められる第一歩です」
だが、クローディアは冷笑だけを返した。
「……あなたは、“乳で人を導こう”としている。だから、私はあなたが嫌いです」
それは、冷たく、鋭く、はっきりとした拒絶。
リリアーヌは一瞬だけ目を伏せた。
だがすぐに顔を上げる。
「ええ。そうでしょうね。でも、私もあなたのような“声なき批判者”を想定して、今日を迎えました」
「どうぞ。私たちの“揺れ”を、心ゆくまで見てください」
◆ ◆ ◆
監査初日。
クローディアは無言のまま、塾内を歩き回った。
講義風景、訓練風景、乳魂感応実習──すべてを冷徹な目で監視する。
「“張る姿勢を褒める”という行為は、体型コンプレックスを助長しませんか?」
「“乳魂同調”という訓練、これは公序良俗に反しませんか?」
記録簿に無慈悲な赤線が引かれ、リリアーヌの眉間には汗が滲む。
「この人、ガチすぎる……!」
「塾の存在そのものを、心の中で全否定してる……!」
一部の塾生は、過去の体型コンプレックスを抉られ涙を流す者もいた。
◆ ◆ ◆
だが、沈黙を破ったのは、意外な人物だった。
「……審査官。あなたは、“誠実に乳を見る目”を、持っていますか?」
教室の隅から立ち上がったのは、
銀髪の無表情少女──エミリア=ハーツ。
「私は、人工乳です。魔導で造られた、揺れるだけの乳でした」
「でも、ここで“乳に想いが宿る”ことを学びました。初めて“私の乳”を信じられたんです」
エミリアは、制服の前を少しだけ開いて、自身の胸に手を置く。
「この乳は、私の人生です。誰が何と言おうと、私はこの胸を張って生きたい」
静寂。
クローディアの目が、かすかに揺れた。
だがすぐに表情は戻り、静かに記録を取る。
「……監査は継続します。明日は“誠実乳実技カリキュラム”を確認します。全塾生参加でお願いします」
それだけを言い残し、彼女は背を向けた。
だが拓真は気づいた。
(……いま、彼女の乳魂が、ほんのわずかに震えた)
それは、鉄のように閉じた胸に、**初めて差し込んだ“共感の光”**だった。
◆ ◆ ◆
その夜、リリアーヌは疲れ切った身体をソファに投げ出した。
「……はぁ……今日はさすがに堪えたわ」
「お疲れさま。けど、エミリアの一言、すごかったよ」
「……あの子、本当に変わったわね」
「いや、リリアーヌが変えたんだよ」
リリアーヌは、そっと胸元に手を当てた。
「……なら、明日も……この乳で“誠実”を教え続けるわ。
あの女の心に、揺れを起こすまで──」




