【第2話】 『貴族と胸格差社会──出会いは断罪会場』
異世界《ラグリス王国》。
王都の中心にそびえる白金の大広間──その夜、国主催の“社交舞踏会”が開かれていた。
貴族令嬢たちが色とりどりのドレスで身を包み、王子や騎士団の青年たちがそれをエスコートする。
夢のような空間──だがそこに、ひとりだけ明らかに場違いな存在がいた。
「すごい……貴族、全員アニメキャラみたい……!」
口をぽかんと開け、きょろきょろと辺りを見回しているのは、
そう──この国に転生して数日、異能《乳眼》を得たばかりの少年、如月拓真である。
「服まで着替えさせられたし、なぜか招待状まで届いたし……乳神様のコネ強すぎん?」
現在、彼は“学術機関付属の騎士団見習い”という仮身で生活していた。
が、そんな設定は舞踏会では通用しない。
参加者の大半が王族・公爵家・侯爵家の娘息子ばかりであり、彼のような素性不明な“乳愛好家”など、完全に浮いていた。
──だが彼には、圧倒的な自信があった。
「乳眼……この世界でも、役立つはず……!」
視線を交差させただけで、相手の心の揺らぎと胸の張りが連動して読める力。
これがあれば、嘘や偽りは一発でわかる。
「今日は“おっぱいを真面目に見る”日なんだ……!」
そうして、会場をふらふら歩いていた拓真の目の前で、突如騒ぎが起きた。
「婚約破棄!? 王太子殿下が、リリアーヌ様に──!?」
「公衆の面前で……あまりに酷い!」
騒ぎの中心にいたのは、金の巻き毛を揺らし、紫のドレスに身を包んだ少女。
美しく、気高く、完璧な姿勢。だが今、その誇りが……踏みにじられようとしていた。
「リリアーヌ・グランディール嬢」
鋭い声を発したのは、王太子アレクシス。
赤い軍装に身を包み、隣には可憐な銀髪の少女──乙女ゲーの正ヒロイン、ユーフィリア嬢が寄り添っている。
「あなたとの婚約は、本日をもって破棄する。理由は……君の性格の悪さだ。誰もが知っている」
「……っ!」
リリアーヌの頬が引きつる。
周囲の視線が、突き刺さるように降り注いだ。
「お前は“胸”ばかり張って、他人を見下していた。そんな女は……もはや王妃に相応しくない」
──その言葉が放たれた瞬間、
拓真の“乳眼”が、全力で反応した。
(……嘘だ)
王太子の胸元から立ち上る“虚飾”のオーラ。
そしてリリアーヌ嬢の胸に宿る、まっすぐで透明な“誇り”の香り──
(リリアーヌさんは……本当は、誰よりも誠実に胸を張っていた……!)
気づけば、拓真は動いていた。
誰にも気づかれず、誰も止められぬほどの速度で、舞踏会のど真ん中へ。
「待ってください!! それ、乳が嘘をついてます!!」
「……は?」
全員が振り返った。
貴族たちの視線が突き刺さる。だが拓真は、堂々と立つ。
「俺にはわかります……“乳眼”で見たんです。リリアーヌさんの胸は、誠実でした」
「な、なにを──!」
王太子が怒鳴るが、拓真は一歩も引かない。
「彼女の胸は、誰かを押し退けるためじゃない。自分を守るために、ずっと張ってきた誇りなんです!」
静まり返る会場に、少年の声だけが響く。
「この乳は、誇り高く、真っ直ぐだった……! 俺は胸に誓って、彼女を守る!!」
「お、おまえは何者だッ!」
「俺は……おっぱいが大好きな、ただの転生者です!」
その瞬間。
静寂が破られた。
貴族たちの間にざわめきが走る。
「リリアーヌ様が……悪くなかったって……?」
「胸の張り方に、意味があった……?」
「というか“乳眼”って本当にあるのか……!?」
そして、震える声が聞こえた。
「……あなた」
それは、リリアーヌだった。
気高き悪役令嬢。
すべてを失いかけた少女が、今──初めて、“胸を張って”微笑んだ。
「……バカですの、あなた」
「よく言われます」
「でも……救われましたわ」
こうして、国中が注目する中、少年は“乳で断罪された少女”を救った。
その出来事はやがて、**“胸格差社会に抗う者の第一歩”**と語られることになる──




