【第17話】 『王子と乳、断絶の予兆』
──静寂の夜。王宮の奥深くにある、東の迎賓館。
そこで、ひとりの王子が悩んでいた。
アレクシス=ヴァル=ラグリス。
ラグリス王国の第一王子にして、次期国王の座を確実視される存在。
その優雅な眉間には、今日に限って深い皺が刻まれていた。
「……君の胸に、何も感じなくなった」
その言葉は、王子としてではなく──ひとりの“男”としての、正直な心情だった。
だがそれを向けられた相手は、銀髪の気品ある少女。
──ユーフィリア・アルセリーナ。
あの“乳裁判”で敗れた後も、彼女は王太子の隣にとどまり続けていた。
しかしその胸元には、未だ“魔導美乳”の完璧な曲線が宿り続けている。
「……おかしいですね、アレクシス様」
彼女は微笑を崩さず、静かに言う。
「この乳は、計算上あなた様の理想に合わせて“調整”されたはずです」
「……それが、違うんだ」
アレクシスは目を伏せる。
「見た目は完璧だ。揺れも、形も、何一つ欠けていない……はずなのに……」
「──なぜか、心が揺れないんだ」
ユーフィリアの笑顔が微かに揺れる。
「……まさか、“誠実乳”の影響ではないでしょうね?」
「……」
答えは、沈黙だった。
◆ ◆ ◆
実際、アレクシス王太子は──“変化”していた。
先日の《乳祭》、ソフィア巫女長とリリアーヌの振る舞いを遠巻きに見守っていた彼の乳魂は、
確かに“何か”を覚醒させられていた。
(乳とは、与えられるものではなく、宿るものなのか……?)
(“完璧な乳”はあっても、“心に響く乳”は別のものだったのでは──)
そんな疑念が、日々彼を苛んでいた。
──だが、それを口にすることは、許されない。
なぜなら今、貴族連合《F.B.L.(Free Bust Liberation)》の象徴として、
彼自身が“魔導乳擁護派の旗印”に据えられていたからだ。
「……“誠実乳”などという言葉が市民に広まりすぎた。
そろそろあなたが、公的に“魔導乳の正しさ”を肯定してくださらないと困りますの」
──そう告げたのは、ヴァネッサ・トリフェル公爵夫人。
名門貴族の乳整形産業を束ねる女帝であり、
今やユーフィリアの“義理の後見人”とも呼ばれている。
「黙っていても、“誠実乳義勇軍”の影響力は王宮にまで及びます。
あなたが“表情を曇らせるだけ”でも、政敵に利用されるのですよ」
──アレクシスは知っている。
ここで一言でも、“リリアーヌ”の名を口にしたら──
彼の将来も、玉座も、全てが潰される。
だが、それでも。
心の奥で──リリアーヌの、あの誇り高い胸元を思い出す。
かつて自らが「不要」と突き放した“元婚約者”。
だが、いま彼女は民衆の前で胸を張り、堂々と“誠実”を語っている。
(……俺は、何を……)
◆ ◆ ◆
その夜。王宮の書斎。
アレクシスは、誰にも見せぬ一冊の手帳を開いた。
そこには、学生時代──
リリアーヌとの文通ノートに挟まれていた、懐かしいメモ。
「あなたにとって“乳”とは、どんな意味なのかしら?」
そう彼女が問いかけた、幼い筆跡が残っていた。
「その答えを……まだ出せていないんだ、俺は」
手帳を閉じ、深く息を吐いた。
王子である限り、彼は自由に言葉を選べない。
──だが、心は、揺れ始めていた。
◆ ◆ ◆
そのころ、義勇軍本部では──
「……アレクシス様が、“最近ユーフィリアに触れない”って噂が出てるわ」
リリアーヌが静かに呟く。
「えっ、つまり……“乳距離”に異変が?」
「バカ、静かにしなさい!」
だが彼女は、ほんの一瞬だけ、
その胸に手を添え、目を伏せた。
(……ようやく気づいたのね、アレクシス)
(私が捨てたものの重さを──そして、“誠実に乳を張る”意味を)
──王子と乳。
その関係が崩れはじめたとき、
この国の“偽乳を支える土台”にも、初めて亀裂が走ったのだった。




