第98話 大門の襲来
ちょうどその頃。
ランチタイムが終わり、厨房に積み上げられた皿を洗い終えた明美が、一休みしようと裏庭へ出た。
すると、助けを求める声が聞こえた気がして外を見た。屋敷の門柱付近の路上で、男の子が道に座り込んでいる。駆け寄ると、膝を擦りむいて血を流してる様子が見えた。
「お姉ちゃん、痛いよぅ痛いよぅ」
「あちゃー。ひっどい怪我ね」
茶色いローブを纏った男の子は、顔をすっぽりと覆うフードの隙間から彼女を見上げた。
「転んじゃったんだ……エーン」
「取り敢えず、こっちにおいでよ。手当てしてあげ……」
と、言いかけて思い出した。
そういえば、本当の大門は狩衣姿の男児。気を抜くなと注意されていたのだ。
慌てて家の中へ戻ろうとしたとき、背後で地面を踏むジャリッという音が聞こえた。
振り向くと、スーツ姿の大人の大門が逆光の中で佇みながら、自分を見下ろしていた。
彼はメガネの奥の細い目をさらに細めて、口角を歪めるように笑った。
「やあ。ギャル会長の石井明美くん」
明美の背筋にゾワリとした悪寒が走る。
逃げようとしたが、大門の方が早かった。背後から明美を捕らえて口を素早く塞ぎ、彼女の手の光虫へ爪を立てた。
「痛い痛い!やめてえ」
激痛に悲鳴を上げる明美を無視し、ベリベリとお構いなしに引き剥がす。そして、皮膚と血液が付着したままの光虫を、自分の舌の上にペロリと乗せた。
その時、屋敷の中からマキの声が聞こえた。
「明美さ〜ん?どこにいったんですか。アイスクリームの試作品を作ったから食べましょうよ~」
先ほどから相棒の姿が見えない事を心配したマリが、屋外まで探しに来たのだ。
「明美さ……ん?」
大門に捕らわれている明美の姿を見た瞬間、マキの瞳に複雑な電子回路模様が浮かび上がり、瞬時に身体が動いた。
高くジャンプした彼女の髪の毛が鞭のようにしなり、大門を目がけて弾丸のように伸びる。
明美を乱暴に抱きかかえた大門が素早く左右へ動き、その攻撃を避けた。
大きく開いた彼の口からは、威嚇の雄叫びが上がった。
「カハアァァ!!」
マリは光虫を通じて皆へ緊急事態のイメージを送った。
「姫様!姫様!弘樹さん!」
返答が無い。
その時、気付いた。大きく口を開けた大門の舌の上に、光虫が乗っている事を。
あれは明美さんのもの……そうか、彼が通信を妨害しているんだわ!
マリは攻撃を繰り返した。
目に見えないほどのスピードで、鞭化した髪の毛を大門へ放つ。風切音と共に地面からは土煙が舞った。
身を伏せた大門は、まるで蜘蛛のように素早く地面を這いながら鞭の攻撃を避けた。そして、抱きかかえた明美を自分の前に立たせるとその背後に隠れた。
「明美さんを盾にした!?」
慌てて攻撃を止めたマキ。
その隙を突いて大門が襲いかかった。
「キャア!」
右上腕の肉を噛みちぎられたマキは、そのまましゃがみ込んでしまった。
そこへ、騒ぎを聞いた翔太がロボと一緒に家から飛び出してきた。
腕から滴り落ちる血と、地面へ点々と残る血痕。苦痛に歪むマリの表情。慌てて駆け寄った翔太が彼女の震える身体を抱き寄せた。
「マリさん!これは一体!?」
「だ、大門が……彼が来たんです。明美さんが……!」
舞い上がる土煙の向こうに、恐ろしい般若の顔をした少年の大門が佇み、その腕の中には明美が捕らえられていた。
次の瞬間、ロボが素早く動いた。
蛇腹状の両腕が大門を捕らえようと勢いよく伸びる。同時に足裏のギアを高速回転させ、猛牛のように突進した。
縦横無尽に動いた大門が、明美を抱えたまま大きくジャンプしてロボのタックルをかわす。
自分の頭上を飛び越えていく少年を捕らえようと、ロボが再び腕を伸ばした。だが、彼の足をかすめただけで、掴むことは出来なかった。
家々の屋根をジャンプし、遠ざかっていく大門。
ロボは背中にある両対のパネルを開けてジェットエンジンをふかし、飛行しようと身をかがめた。
「やめろ!これ以上の戦闘は君も明美も危険になる」
ロボの前で両手を広げ、止める翔太。
大門の消えた方向をいつまでも見つめるロボと翔太。その背中はどちらも悔しそうに震えていた。




