第96話 怪しい客
ある日、雑貨屋へ1人の客が訪れた。
「いらっしゃいませ」
ユウマはすっかり仕事に慣れ、笑顔と挨拶もだいぶ板に付いてきた。
その男性客はこげ茶色のコートの襟を立て、深くかぶった山高帽で微妙に顔を隠している。彼は店内をゆっくり回り、ピクルスの詰まった瓶を手に取るとレジまで来た。
「コレを」
短く言い、買い物袋から物々交換用の指輪とストールを取り出す。
ユウマがそれを手にした時、オドが何かを感じた。持ち主は別の人物だ。
「これ……受け取れません」
そう言うと、男は目深にかぶった帽子の隙間から片目だけを出してこちらを見た。
ユウマは再度言った。
「これ、あなたのものじゃない。盗品だ」
黙り込む男。
まさか。
そう思った瞬間、男がカウンターを乗り越えて襲いかかってきた。
反射的に身体が動いたユウマは、肘打ちを相手の顎へ入れた。倒れ込んだ男の帽子が飛び、下から爬虫類のような顔が現れた。
「遠藤!?」
「へっ。久しぶりだな。かなり遠くへ飛ばされて、ここへ辿り着くまで10日以上もかかったぜ」
ユウマは少しずつ後退しながらも攻撃の姿勢を崩さなかった。
遠藤はピクルス瓶の蓋を開けて指を突っ込むと食べ始めた。
「ああ、酸っぺえ。でも美味い。生き返るぜ」
「それは売り物だぞ、勝手に食べるな」
ユウマが凄む。だが、遠藤はケケケと笑った。
「なんだよ。お前ぇを騙していたこと、まだ怒っているのか?謝るよぉ、謝るから、もっと何か喰わせろ。おとといから飲まず食わずなんだよ」
今度は商品棚から菓子の袋を手に取り、むしゃむしゃと食べる。
「勝手に食べるなと言っているだろう!」
「ちょっとくらい良いじゃねえか。ところで富一はいるか?」
「知らない」
「じゃあ、ヤツの甥っ子を呼んでくれ。ここにいるんだろう?」
「知らないよ」
「お前ぇ。ちょっと見ないうちに、随分とカワイコちゃんになったなぁ。もともとベッピンだったが、女っぽさに磨きがかかった」
「店から出ろ。早く出て行け」
「連れねぇなぁ。せっかく再会できたのに」
そう言うやいなや、遠藤が突進してきた。
ユウマは右手の平を向け、念動力でその動きを止めた。そして、金縛りのように身動きできない遠藤の左脇腹に回し蹴りを打ち込んだ。
「ぐえっ!」
苦しげな悲鳴と共に、開け放たれたドアから外へ転がり出て、地面へ倒れる。
「再会の挨拶が蹴りとは酷ぇじゃねえか」
起き上がった遠藤が、口元の血を拭う。
「知っているぞ。この家でお泊まり会しているんだろう?中で何やっているんだ?まあ、若い連中が一つ屋根の下にいたら、やることは決まってるよなぁ。集団で組んずほぐれつイチャイチャしているんだろう?」
ユウマは頬の筋肉をひくつかせ、蔑んだ目で遠藤を見下ろした。
「何日も彷徨い歩いてよぅ、こちとら満足に飲み食いしてないし、すっかり女日照りだ。俺も交ぜてくれや」
遠藤が再び突進してきた。