第93話 恋する乙女
屋敷のリビングでミキの帰りを待ったが、なかなか戻って来なかった。
陽はすっかり落ちて街灯の明かりが灯り、夜空には三連の月が昇った。
皆、話さなかった。
河野の変わり果てた姿を思い出していたのだ。
動物のように吠えて四つ足で走り、全身を黒い毛に覆われていた。あれはもう人間ではない。堕霊についての説明は聞いていたが、実際に目にすると恐ろしいものだと実感させられた。
急に弘樹が立ち上がり、手の甲の光虫を皆へ見せた。
「疲れたから迎えに来い、とミキから連絡が来た。長老会の爺さん達とずっと話していたらしい」
皆が安心したようにフウと息を吐いた。
「オレも一緒にいくよ」
そう言って立ち上がったユウマだったが、弘樹はそれを止めた。
「お前はみんなと一緒にここへいてくれ」
「でも、1人だけじゃ……」
「大門と遠藤がうろついているかもしれん」
2人が暫く見つめ合う。
「……うん、わかった」
ユウマは足早にそこから離れると、店から例のランプを持ってきた。一撫ですると、カシャカシャと変形して火が灯る。
「これを持って行って」
「おう。すまねえな」
ランプを受け取ると、弘樹は屋敷を後にした。
門戸に立ち、姿が見えなくなるまで見守っているユウマ。そのやりとりを遠くから見ていた3人が並んで、ウンウンと頷く。
「なぁるほど。温泉で話していたお相手というのは、弘樹さんだったんですね」
「マリさんは鈍いよ」
翔太が苦笑する。
「見たところ両思いのようですが、ご本人達がまだ一歩踏み出せていない……今後の展開が楽しみです。あ、そうだ!さっそく模倣データ採取のため、ユウマさんの頭の中を覗いちゃおうっと」
マリは光虫に指を這わせ何かを念じた。
「うひょーっ!エストロゲンやオキシトシンといったホルモンがどばどば出ているじゃないですか!なるほど恋する乙女の視床下部はこのように働くわけですね。その調子で濃いのをもっと放出して下さい。お願いしますよ、ユウマさん」
「なんか、あんたの言い方ってエロオヤジっぽくて、いやだわ」
明美は興奮するマリを、ひややかな目で見つめた。
1時間ほど経った頃、ミキをおんぶした弘樹が戻ってきた。
「眠い、と言って俺が背負うとすぐに寝てしまったよ」
明美と翔太が、スヤスヤと眠るミキの顔を覗き込んで笑う。
「人造人間なのに眠くなるなんて不思議ね」
「弘樹はすっかり『抱っこ・おんぶ係』になったな」
ミキをベッドへ寝かせた弘樹が「すまんが、リビングへ集まってくれ」と、皆を呼び集めた。




