第89話 みんなで温泉1
長老会は所定の時間をオーバーし、終了したのは正午すぎだった。
疲れた様子のミキがロバを引いて家を出ようとしたが、すぐマリに呼び止められた。
「どこかへお出かけですか?ひょっとして、温泉ですか?」
「ええ。今日はいつもより込み入った話が多くて疲れたわ。癒やされに行ってくる」
「待ってください。どうか、お供させてください!」
大きな目を潤ませて、必死に訴えるマリ。
そうか、この7日間、地球人の相手をして疲れているのね、と、ミキは気付いた。
「じゃあ、一緒に行きましょう。あなたもロバの準備をして」
「あの4人はどうされますか?」
「長老達を呼んで子守りさせましょう。戸締りするように伝え、不審者が来てもドアを開けぬよう……」
「ちょーっと待った!」
彼女達の様子を目ざとく発見した明美が、厨房からバタバタと走ってきた。
「今、温泉がどうのって言っていたわね。ウチらも連れて行きなさいよ」
ミキは「ちっ」と舌打ちをして、あからさまに嫌そうな顔をした。
「何よその態度は。置いてけぼりなんて酷いんじゃない?」
明美が猛抗議する。
「だいたい、ここへ来てから修行ばかりで、ろくに遊んでもいないわ。せっかく別の星へ来たんだから、ちょっとくらい観光させなさいよ」
勢いに負けたミキが諦めた。
「……仕方ない。分かったわ」
「ねえ、電気風呂もある?ジャグジーとかは?温泉っていうんだから饅頭も売っているんでしょ?」
「そんな奇妙なものはないわ。単なる露天風呂よ。でも、オドの回復にはとても優れているわ」
「露天風呂?!ヒャッフー」
喜んだ明美が皆に呼びかけ、全員での温泉プチ観光が決定した。
繁華街で路面電車に乗り、30分ほどで辿り着いたのは山の麓にある温泉施設だった。
男女と書かれた暖簾があり、番台と脱衣所、風呂には男女を隔てる塀がある。明美は「まるで日本じゃん!」と嬉しそうにはしゃいだ。
ところが、温泉を前にしてユウマが風呂桶を持ったままオロオロし始めた。
「どったの?カゲちゃん」
明美が不思議そうに尋ねる。
「あの、オレは、どっちに入れば……」
その様子を見て、唇をキュッと結んだ明美が腕を組み、ユウマの前に立った。
「実はこないだから聞こうと思っていたの。アンタ、両性だとか女性化が進んでいるって言っていたけど、アレ付いているの?」
「え?!」
ユウマの顔がみるみる真っ赤になる。
「すでに寝室も着替えも一緒だし、同じ女子として何の違和感も無かったけど、風呂へ入るならハッキリさせておかないとね」
2人のやりとりを見ているミキとマリが「くっくっく」と笑う。
「えと……その……」
「はっきり言いなさいっ」
「ついて……いないよ。で、でも、この星に来る前にはあったんだ」
必死に説明するユウマが、意味深に右手の小指を出す。それを見たマリが「あら、可愛い」と微笑んだ。
「どんどん小さくなって、今ではほとんど……」
「あら、そう。じゃあ、見た目は女子と同じな訳ね?」
「う、うん……だけど、体内には精巣と前立腺があるっていうから……」
「そんな見えないところの話なんて、どうでもいいわよ。さ、行くよ」
明美がユウマの手を引いて女湯へ消えていき、ミキとマリも仲良く暖簾をくぐっていった。
取り残された男子2人は立ちすくみ、去って行く女子達の背中を見つめていた。
翔太が呟いた。
「友人の秘密が次々と明らかになっていく」
「アレが消えちまうなんて、ヤベエな」
自分の股間を押さえた弘樹が、ぽつりと言った。




