第8話 本物の妖怪
だが、気がついた。彼の様子がおかしい。瞳が金色に光り始めたのだ。しかも背がどんどん低くなっていく。
なんだろう、見間違いか?と目を擦る。
大門の身体は、瞬く間に平安時代の狩衣を纏った10歳ほどの少年へと変身していった。
その顔は能面のように白く、真っ赤に染まった唇の隙間から鋭く尖った犬歯が見えている。両手の指からは黒く長い爪が伸びていた。
大人が子供になった!何が起こったの!?しかも、昨夜、遭遇したあの子だ!
ユウマは恐怖と混乱で、その場から逃げようと踵を返した。
だが、ドアの前には遠藤が立っていた。
「どこへ行こうってんだ?」
しわがれた声を発するその口元は、あり得ないほど前方へせり出し、皮膚が爬虫類のように緑色の鱗へ変化していた。口は耳元まで裂け、腕は袖からはみ出すほど伸びている。
昨夜の怪人達だ。
腰を抜かしたユウマが尻餅のままズルズルと後退し、本棚にぶつかった。
「これが、本物の妖怪です」
自分の姿を曝け出すように、少年が両手を広げる。その隣では、遠藤がおどけたように手脚をクネクネと動かしていた。
「俺のこの姿は気味悪いだろう?それに比べて、お前ぇはどうだ?随分と可愛らしい顔じゃねえか。何が妖怪人間だ。笑わせやがるぜ」
大きなトカゲの口の中には、羅列した鋭い歯と長い舌が見える。それがパクパクと開きながら人の言葉を話している様子は、まるで生きているパペット人形のようだ。
少年の大門が静かにソファへ座り、床上で腰を抜かしたまま惚けているユウマを見下ろした。
「当初の予定では、犯人を捕まえてセキュリティを止める方法を聞き出そうと思っていたのですが、生徒である君が泥棒で、しかも我々が欲していたものを盗んでいたことで、考えを変えたのです」
大門はテーブルの上のキューブに視線を送る。
「君は、これを金目のものか骨董品だと思っていたのでしょう?実は、大変な価値が隠されているのです」
大門は書棚へ手を伸ばすと、一冊の本を取った。
タイトルは『石野町史』
過去に発行された古い資料本で、黄色く変色した紙から微かなカビ臭が漂っている。
「学校の敷地に神社があるでしょう?そこのトーラス型の御神岩は、冥界と人間界を結ぶゲートなんです。キューブは冥界の扉を開くための鍵なんです」
言いながら、パラパラとページをめくり『逸話と伝承』というページを開く。そこの挿絵に、ドーナツを半分に切った形の御神岩と、それを取り巻く人々が描かれている。
「太古の石野村では、次期村長や神官を決める際に、儀式を行って御神岩の封印を解き、妖怪の元へ候補者を送り込んでいました」
黒く長い爪で挿絵の一部を指す。
御神岩の足元では、四つの小箱を掲げながら深々と頭を下げる人々が見えた。
「多くの候補者は妖怪に生気を吸われて死にます。ですが、気に入られた者は、知恵や運を授けられて人間界へ帰ってきます。その者は大役を完了した英雄として村の要職に就くのです」
大門は更に本をめくった。
「時の流れと共に、そういった交換儀式は行われなくなりました。しかし、人間の生気が欲しい妖怪は、自らこちらの世界へ来て人を連れ去っていたのです。まさに神隠しという現象ですが、言葉が変化し、隠し童と呼ばれるようになりました」
そこまで語ると、本をパタンと閉じる。
少年の大門は真っ赤な口を”への字”に歪め、声のトーンを落として語った。
「キューブは文献にのみ記されており、ずっと伝説だと言われていました。しかし、この学校の理事長である関本富一は、行方不明になっていたキューブを発掘しました。そして扉を開け、隠し童と悪の契約を交わしたのです。生徒を生け贄として捧げる代わりに、富を独占させろ、と」
 




