第87話 進む女性化
星に来て7日が過ぎた。
昼食後の少しだけ気怠い時間に、暇を持て余した弘樹と翔太が雑貨屋まで来たのだが、客の姿は無くユウマも留守だった。
どんよりと曇った空からは雨粒が落ち始め、マリが慌てて洗濯物を取り込む様子が窓から見えた。
「この星に移住した火星人は2千年前に滅亡し、その後を人造人間達が引き継いだ」
雑貨屋の店内で、翔太が覚えたての歴史について語り始めた。
「彼らの人口は5千人ほど。国はここに一つしかない。国と言っても町くらいの大きさなんだ。それ以外の場所は、開拓途中の荒野だったり原生林だったりする」
翔太の知識欲は止まることを知らなかった。
文字を習得してからはマニュアルだけに留まらず、屋敷にある本を読み漁り、この星について学んでいたのだ。
「へえ。よく調べたな。俺も色々と知りたいと思っていたんだ。もっと聞かせてくれ」
興味を示した弘樹が身を乗り出す。それに気をよくした翔太がさらに語る。
「人造人間は労働使役用だったけど、それがAIとオドの融合によって意思を持ったんだ。模倣することによって進化発展する特徴を持っている」
「毎日メシを食ったり店で買い物するなんて事が、実は真似だとはねえ」
「彼らは高度な知識を持っているし、思考も行動も道徳的なんだ。ただ、経験したことの無い出来事にはとても弱いんだってさ」
「弱いって、どんな風に?」
「文字通りガクブルらしいよ。こないだロボに教えて貰った」
富一が修行者だった頃、自身の不注意で怪我を負った事がある。
ミキや長老達は縫合手術の経験が無かったため大騒ぎとなったが、けが人であるはずの富一が、長老達に手術の指示を出したのだ。
昔の田舎の農家では、自宅で弟の盲腸の手術や母の出産が行われていたので、医者の手際を間近で見た経験があった。
雨はいくぶん強さを増し、水滴が雑貨店の窓ガラスを叩く音が聞こえ始めていた。
2人はそれを静かに見つめた。
「雨が降るし風も吹く。ここが地球じゃないなんて、信じられねえ」
弘樹がポツリと言う。
「隠し童伝説の行き着く先が、まさか別の惑星だったとは僕も驚きさ」
「俺達の修行は順調だとミキが言っているが、実感あるか?」
「うーん。未修理品を手にすると、不具合箇所が分かるようになった、というくらいかな?」
「それって、普通に凄いじゃねえか」
「そう言う弘樹だって、瞬間移動の練習中だろう?長老会の会議にも参加しているし」
「不思議なことに、会議が苦じゃねえんだ」
「意外な特技を発見したね」
「ミキのヤツ、俺達の特性を見抜いて仕事の割り振りをしてやがる。悔しいが、皆から姫と呼ばれるだけの事はあるぜ」
そこへロングTシャツと黒レギンス姿のユウマが戻ってきた。
「あれ?2人とも何やっているの?」
「暇だったから、この星の歴史や修行の途中経過について話していたんだよ」
「なんだ、サボり?」
ユウマが苦笑する。そして、手のひらを二人へ見せた。そこには鳥の形の木製ペーパーウエイトが乗っていた。
「ミキに呼ばれて店へ置くように頼まれたんだ。これ可愛いね。どこに置けば良いかな……そうだ。鳥の声が聴こえる窓の近くにしよう」
一人で呟きながら、ベイウィンドウそばのカウンターへ置く。
かつてのユウマは目つきが鋭く、言葉や態度は男性的だったが、最近ではすっかり表情が柔らかくなり、話し方や仕草もおっとりしてきた。
何より外見の変化は著しく、日を追うごとに女性的になっている。
ふっくらとした頬。長い首。華奢な肩。丸みを帯びた腰つき———
雨天の窓から入る淡い光に映えるしなやかな身体を、2人の男子はぼんやりと眺めた。
「な、何だよ。ジロジロ見るなよ」
彼らの視線を感じたユウマが、両手で胸元を隠した。
「いや、でも……その……なあ?」
言葉にならない気持ちを翔太が口にする。
「お、おう……」
弘樹もそれに同意する。
「やっぱり気付いた?オレ、変かな?」
ユウマは照れくさそうに身をくねらせながら言った。
「身体がおかしいんだ。腕が細くなったし、背も少し高くなったような気がする」
言いながら自身の身体をあちこち触る。
「スカートのヒップサイズも合わなくなったから、仕方なくレギンスにしているんだ。最近では胸も膨らんで……」
そこまで言って、ユウマはハッと顔を上げ、男子2人を見た。
「な、なに言わせるんだよっ。スケベ!」
真っ赤になった顔を隠し、バタバタと去って行く。
翔太と弘樹は顔を見合わせて苦笑いした。




