第86話 弘樹の修行
弘樹が子供のように口を尖らせて抗議する。
「3人は店を任されているのに、どうして俺だけは総務係なんだ?」
「私の助手になって会議に同行して欲しいの。それに、最も重要な仕事を任せたいわ———用心棒よ」
弘樹の眉がピクリと動いた。
「なるほど、大門か。そういえば、俺達と一緒にこの星へ転送したんだっけな」
「あなた達や学園を彼から守るために、仕方ない手段だったの。この星へ転送すれば、人間界で犠牲者が出ずに済んだから」
「奴等らは何処にいるんだ?」
「分からない。だけど、確実に我らへ接近して来るわ。目標はユウマが飲んだオド結晶よ。きっと腹を割いてでも奪いたいと思っているでしょうね」
ユウマと聞いて、弘樹の唇が真一文字にギュッと結ばれた。
「だから、あなたには用心棒として皆とは別の修行をしてもらう」
「別って、どんな?」
「私があなたを鍛えるわ」
弘樹が腕を組み、渋い表情を見せた。
「何よその態度は?さては私の実力を疑っているわね。では、このまま来なさい。さっそく修行を始めるわ」
そう言ってスタスタと歩き始める。
彼女の後に着いて進むと、屋敷の裏庭へ辿り着いた。綺麗に生え揃った芝生と、風に揺らめく洗濯物が見える。
2人はそこで対峙した。
「おいおい。いきなり組手か?体格が違いすぎるぜ。お前は小学生くらいの背丈しかないだろう?」
「準備はよろしくて?」
弘樹の言葉を無視して、合掌しながらお辞儀をするミキ。釣られて弘樹も礼をする。
「では、参ります」
「押忍」
構えた瞬間、腹の辺りに力が加わり、弘樹は尻もちをついていた。
何が起こったのか分からなかった。いつの間にかミキが目の前に立っている。
「い、いま、俺に何かしたのか?!」
「技をかけたわ。といっても転ばせただけよ。さあ、もう一度」
一瞬で倒されるとは、と、驚きを隠せない弘樹が動揺しながら再び構える。
「参ります」
そう言うや否やミキが消え、その次に見えたものは、至近距離で弘樹の顔の高さまでジャンプしている姿だった。
彼女の髪と巫女服がスローモーションのようにフワリと浮かんでいた。
顎を押され、また尻から倒れる。
「信じられない、という顔をしているわね?」
傍らにドヤ顔のミキが立っていた。
「くそっ。もう一度だ!」
「何度やっても同じよ」
立ち上がりかけた弘樹の頭を押して再び転ばせる。
「ちっ、ちくしょう!」
サッと起き上がり、足払いをかける弘樹。その一連の動作でも十分早いが、ミキの方が格段に上だった。目の前で彼女の姿が霧のように消え、キョロキョロと周りを見回した。
「ここよ」
背後で声が聞こえ、振り返るとミキがこちらへ向かって手の平を向けていた。
ギョッとした瞬間、念動力で尻の辺りを押された。そのまま俯せで芝生へ倒れ、背中にミキがちょこんと座った。
「クソッ。ギブだ」
フフフとミキが笑う。
弘樹は地面へ座ったまま「イテテ」と尻を撫で、子供のように口を尖らせて抗議した。
「姿が見えないほど早いなんて、どんな稽古をしたんだ?」
「私はオドを使って、瞬発的に動いている。それだけよ」
「なっ……!ズルじゃねえか!」
「ズルなものですか。超高速で動作するには、それに応じた柔軟性や動体視力、そして判断力が必要よ。日々の訓練は欠かせないわ」
「……まあ、確かに」
「地球にはF1レーサーや戦闘機パイロットがいるでしょ?それが良い例よ。機械の加速度や遠心力に負けぬよう体と精神を鍛えているわ」
「うむ。そうだな」
ミキが微笑んだ。
「あなたはとんがっているけれど、そういう素直でまっすぐな所が好きよ。と、いうわけで私は少し休むわ。リビングへ連れて行ってちょうだい」
「何だって?」
「抱っこして。今の動きで力が抜けたわ。ダイモンにやられた傷の修復にオドを使ったので疲れやすいのよ。1人で歩けないわ」
ミキが両手を出す。
「クックック。人造人間のクセに一丁前に疲れるのかよ」
苦笑した弘樹が、小さな少女の身体をひょいと抱き上げ、肩へ乗せて歩いた。
「私は少し休むわ。あなたはこの庭の手入れをして頂戴」
「なんだかんだ言って、また雑用かよ」
「まず、日常の仕事でオド量を増やす鍛錬をし、その上で加速の技を訓練するの。それが弘樹にしかできない修行なの。あなたの大切な者達を守るためよ。お願いね」
その言葉を聞いて、弘樹の顔つきが変わった。
「任せておけ。すぐ身に付けてやる」




