第82話 大門とお雪3
大門の身体はビキビキと音を立てながら変形し、熊のような鉤爪が指先から伸びた。その姿はまるで鬼のようだった。
「みんな敵だ!殺してやる!」
壁を破壊した大門が街の中心部へ向かって走る。
「住民が危ないわ!彼を捕まえるのよ!」
長老達は素早く大門の後を追った。
その頃、商店街には買い出し中のマリがいた。光虫を通じてミキから連絡を受けたが状況をよく把握できなかった。
「は?住民達を避難させる?……ダイモンが?」
会話中のマリが、ふと前方を見た。
家々の間を縫うように走ってきた何者かが、商店街の真ん中に立った。
大門だ。
食いしばった歯の隙間から、フーッフーッ、という激しい息遣いが漏れていた。
「えっと……私の目の前にいますが……ええ?!捕まえるんですか?」
大門が雄叫びを上げると同時に、堕霊の力が衝撃波のように周囲へ広がった。地面が揺れ、建物のガラスが割れ、商店の看板が吹き飛ばされた。
逃げ遅れた数人の住民が大門の堕霊に捕らわれて、腕や足を引きちぎられてしまった。
商店街は阿鼻叫喚の地獄へと変わった。
マリは買い物袋を投げ捨て、すぐに捕獲行動に入った。彼女のおさげの髪が鞭のように伸び、大門に巻き付く。
「があああっ!」
それを引きちぎって拘束から逃れた大門が襲って来た。
マリは応戦し、激しい戦いが始まった。商店街には小さな竜巻が起こり、打撃がぶつかり合う度に稲妻が光った。
次の瞬間、加速移動してきたミキが大門の鳩尾に掌底突きを打ち込んだ。
「ぐはっ!」
悶絶した彼の身体が、くの字に折れ曲がる。
そこへ長老達も参戦し、容赦なく連打のパンチを突き刺す。
やがて大門は地面へねじ伏せられた。
「あなたの堕霊を剥がし取る!」
ミキが彼の背中に向けて両手をかざし、九字を切った。
「やめろ!せっかく手に入れた私の力だ!」
大門は逃げだそうとバタバタと暴れたが、押さえ込む長老達の力には敵わなかった。
「あなたは仲間よ。助けたいの。堕霊の力を取り除けば再起できる!」
「私を仲間だというなら、協力しろ!!」
「彼女はもう死んだの。我々にはどうすることもできない!」
「だまれ!私はお雪を……お雪を!」
その場でミキと長老の5人が、3日間かけて彼の堕霊を取り除いた。
投獄された大門は一切喋ること無く、独房の中で膝を抱えたままボンヤリと過ごし、牢獄の中に這い出てくる甲虫や飛んでくる羽虫を捕まえて食べていた。
その状態が数年間も続き、誰の目からも気が狂って廃人になったように見えた。
長老会では何度も大門の処遇について話し合ったが、これといった決め手となる結論は出されなかった。皆が彼を助けたいと思っていたのだ。
「我々の力では、堕霊のオドを取り除く事しかできませぬ」
「左様。根幹となる心の深部までは変えられないですからのう」
ミキはため息をついた。
「そうね。本来は堕霊を中和する浄化が必要なのだけれど、そんな能力は我々にはない」
模倣のデータベースを探っても、浄化に関する記述は少ない。マスターの一部がその能力を持っていたらしい事までは分かっているのだが。
ある日、大門は脱獄した。
彼は自分を狂ったように見せかけていたが、実はできるだけ動かず、虫から微量なオドを採取して、僅かに残っていた堕霊を少しずつ復活させていたのだ。
そして、ミキが人間界へ向かうためにスターゲートを起動させたその一瞬の隙を狙って、人間界へ向かった。
ミキは当初、その理由が分からなかった。
「なぜダイモンは地球へ向かったのかしら。スターゲートは堕霊では起動できないから、二度と戻ってこられないのに……」
だが、その謎はすぐに解決した。
大門は模倣データベースの深部にある極秘ファイルにアクセスして、人間界にキューブが存在するという情報を見つけたのだ。
彼は諦めていなかった。いや、むしろ時間をかけて憎悪を静かに練り上げていたのだ。
ミキは後悔した。
「再起を願った私は甘かった。彼は処分するしかないわ」
こうして、ミキと大門の戦いが始まった。