第80話 大門とお雪1
大門は初代の隠し童だった。
自ら人間界へ赴き、模倣に足る優秀な人物を選択し、冥界へ連れ帰る事が仕事だ。
彼は人間社会の中に紛れ込み、時間をかけて人選した。そして、冥界へ連れてきた者が最後まで修行を終えられるように、きめ細かく手助けもしていた。
それは江戸時代の終わり頃だった。
大門はいつものように石野町を訪れて人の中に紛れ、スカウトマンのように道行く人々を観察していた。
その時、ひとりの娘に目がとまった。
藍色がかった黒髪。
大きな瞳。通った鼻筋。
年齢は10歳前後だろうか。気品があり、言動に優しさが溢れている。
お雪という名の少女は、石野町の隣村に住む神社の一人娘で巫女として神事に携わっていた。
生まれつき不思議な力を持っており、精霊の声を聞いたり、手で触れただけで病の場所を見つける事が出来た。そんな彼女を村人達は生き神様だと崇めていた。
この子にしよう。
直感的に判断した大門は娘に声をかけ、諭し、冥界へ連れて行くことに成功した。
お雪は自分の置かれた状況と人造人間達の要望をすぐに理解し、オドを高める修行を受け入れた。
彼女は優秀だった。スポンジが水を吸うように、教えた事をどんどん吸収していく。いつしか大門は、彼女の事を常に目で追うようになっていた。
ある日、大門は彼女に尋ねた。
「最近なぜか妙に其方のことばかりが考えに浮かび、其方ばかり見るようになってしまったのだが、どういうことだろう?」
お雪は頬を赤く染め、大門から視線を逸らしながらポツポツと答えた。
「それは……ひょっとすると……」
「うん?」
「恋かもしれません」
「恋……これが恋という気持ちか!つまり、私は其方に恋をしていると言うことか?」
「し、知りません。大門の心の中のことなど、知る由もありません」
恥ずかしがり、プイとそっぽを向くお雪。だが、大門は無神経な質問をどんどん投げかけた。
「恋とは何だ?」
「それは……相手を好きになって、深く知りたくなったりとか、です」
「うんうん。私は其方を好きだし深く知っているつもりだ。だが、好きというよりもっと強い気持ちなのだ。守りたいとか、自分の持っているものを与えたい、とか」
「それは……もしかして……」
「うん?」
「愛、かもしれません」
お雪はついに両手で顔を隠してしまった。
愛という言葉と、愛を抱いている最中の言動は、模倣データバンクを通じて知っていたが、真に理解している訳ではなかった。
だが、大門は自分の気持ちに素直に行動した。
彼女のために何でもしよう。無事に修行を終えるまで最大限の力を貸そう。そして、人間界へ帰った後も彼女を見守りたい、そう考えたのだ。
修行を終えた彼女は人間界へ戻っていき、大門は任務を遂行しつつ、人目を忍びながら会いに行っていた。
始めは戸惑っていたお雪だったが、やがて大門の気持ちを受け入れ、相思相愛の仲となった。
修行を終えた人間に干渉する事に難色を示す長老達も多かった。ミキは姫という立場上、肯定も否定もしなかったが、心の中では彼の気持ちを理解し、密かに応援していた。
時は過ぎ、お雪が美しく聡明な女性へと成長するにつれて、いくつもの見合い話が舞い込んで来るようになった。
彼女は自分が巫女であることを理由に断ってきたが、ついに、その土地を治める旗本の息子との縁談が来てしまった。
断ろうとしたお雪だったが、神社と村の存続、そして兄弟姉妹のためにもどうか受けて欲しい、と泣いて懇願する両親を無碍に扱う事は出来なかった。
祝言を迎え、お雪は嫁いだ。
嫉妬に苦しんだ大門だったが、どうすることもできなかった。彼女と会うことを止め、ひたすら我慢した。
だが、会えなくなればなるほど余計に恋い焦がれてしまう。数年後、耐えきれなくなった大門は、一目見るだけでもと、お雪の元へ向かった。
久しぶりに訪れた彼が目にしたのは、荒れ果てた村の姿だった。
長雨のせいで作物が実らず、鉄砲水や崖崩れにも見舞われ、人々は飢饉に苦しみ、多くの餓死者で溢れていた。
お雪の身を案じた大門は彼女の姿を探した。
だが、どこにもいない。
村中を訪ね歩き、そして聞き出した情報に大門は愕然とした。
お雪は人身御供となって山に埋められていたのだ。
自然災害の頻発と長期間の飢饉に頭を悩ませた旗本が占い師を雇い、三日三晩の祈祷の結果、お雪に白羽の矢が立った。
大樽に入れられたお雪は山の中腹に埋められ、半年経ったというのだ。
大門は山へ向かった。
山道を必死に登り辿り着いた先で彼が見たのは、絶望の光景だった。四方をしめ縄と紙垂で囲まれた儀式場と、地面から空気の取り入れ用の竹竿が突き出ている。その下に生贄が埋められている事は明らかだ。
「お雪!お雪っ!」
呼びかけるが返事はない。
狂ったように素手で地面を掘る。
爪は折れ、木の根に両腕が傷付き、体中が泥だらけになった。
自分の腰の辺りまで掘ったところで、地面へ伏せて大声で泣いた。
「私が悪かった!こんな事になるなら、無理矢理にでも君を星へ連れて行けば良かった!」
大門は激しく自分を責め、深い悲しみと後悔にのたうち回り、星へ戻った後は、数年間も部屋に籠もったまま塞ぎ込んでしまった。
彼の深い悲しみを知ったミキ達は何も言えず、そっとしておくしかなかった。