第76話 ミキ、焦る
「ユウマ。こちらへいらっしゃい」
と、近くの椅子へ座らせる。
ミキは冷静なようで、実はとても緊張していた。ユウマから放射されるオドの強さが尋常ではなかったからだ。
一晩で爆発的にオド量が増えるなんて何が起こったの?しかも、急に女の子っぽくなるなんて、昨日までとまるっきり違うじゃないの。と、ユウマを見つめる。
潤んだ瞳。ふっくらとした唇。顔の輪郭も丸みを帯び、すっかり女子の顔つきだ。
ユウマの身体に手をかざした途端、ミキの目がカッと見開かれた。
「飲ませたキューブのオド結晶が、ユウマ自身のオドと結びついているわ!」
驚きのあまり、つい裏返った声が出てしまった。
それはミキにとって、まるで見たことのない化学反応のようなものだった。オド結晶は、あくまでもユウマの不安定な状態を落ち着かせるためのもの。大昔のマスターが残した遺物で、あとで返してもらおうと思っていた貴重な形見でもある。
それがユウマと融合するなんて、あり得ないのだ。
「んん?!」
再び何かを発見し、今度はユウマの腹に顔を寄せた。
「これは……女性機能が目覚め始めた!?雌雄の分化が始まったんだわ。でも、なぜ?どうして急にこんな事が?」
「く、くすぐったいよ!オレのお腹がどうかしたの?」
ユウマが身をよじって笑っている。腹にグリグリと顔を押しつけるように内部を覗き込んでいたのだ。
原因は一つしかない。心が求めた事をオドが感じ取り、猛烈な勢いで身体を変化させているのだ。
「あなた、ひょっとして女性になりたいと願った?」
「きゅ、急に何を言い出すんだよ。オレはそんなこと……思ってなんか……」
頬を赤らめて俯く。
否定しているが、ユウマのその態度が全てを物語っていた。
きっと弘樹の為に何かしてあげたい、こうありたい、と願ったんだわ。飲ませたオド結晶が、ユウマの願いの成就に力を貸しているのね。
「ところで、皆で何やっていたの?ずいぶん楽しそうだったけど」
ユウマが興味深そうにテーブルの上を見つめる。だが、男子2人は「楽しいなんて、とんでもない」と首を振った。
「ついに始まったのさ、修行ってヤツが。カップを持ってお茶を飲むだけだが、それが一苦労だ。お前もやってみろよ」
促され、ユウマは手近にあるカップに手を伸ばした。指がツルリと滑る。再チャレンジしたが再び滑った。
だが、3度目で普通に持てた。
「マジ!?カゲちゃんスゴイ」
「さすがです、ユウマさん」
「お前、やるな……」
「30秒もかかっていない。叔父さんの記録を超えた!」
場は大いに盛り上がり、先ほどとは打って変わって和気藹々とした雰囲気となり、それをきっかけにすぐ皆がカップを持てるようになった。
突然5人の長老達が慌てた様子で訪れ、中庭へ駆け込んできた。
「姫様。この強いオドは一体何事ですか?」
「ここからかなり離れた商店街の方まで、ビシビシ伝わっていますぞ」
「まさか、修行者が……」
言いかけた彼らが、ユウマの姿を見て動きをピタリと止め、驚愕の眼差しで見つめた。
「あなた達は暫くここへ来るなと言ったじゃない!今は修行の最中よ」
ミキがプリプリと怒る。
だが、老人達はその言葉を無視して一斉に跪き、ユウマへ平伏した。
「なんという輝き」
「やさしい光じゃ」
「素晴らしい」
何が始まったのだろうと慌てるユウマの前にミキが立ち、両手を広げて猛抗議する。
「やめてちょうだい。刺激しないで。しばらく放っておいて」
だが、彼らは尚も跪いて拝み続ける。
ついにミキの顔が憤怒の表情に変わり、瞳が真っ赤になった。
「言うとおりにしなさい!ユウマは覚醒したばかりでオドが不安定なの!暴走したら、この辺り一帯が吹き飛ぶわよ!」
周囲の木々が地震のように揺れ、小鳥達が一斉に飛び上がった。
「ふ、吹き飛ぶ?!」
「申し訳ありません」
老人達がアタフタと逃げるように中庭から出て行った。
「もうっ!朝から疲れるわ」
ミキは芝生の上にペタンと座り、皆が見つめているにも関わらず両手を振り上げてゴロリと寝転んだ。




