第75話 ユウマ、覚醒
「おっ!持てた。持てたぞ!」
弘樹がカタカタと震える右手でカップを持ちながら、まるで子供のようにはしゃぐ。
あれから数時間、3人は必死になって練習を繰り返していたのだ。
「弘樹に先を越されるなんて!」
「お茶無しのスコーンって、超ヤバいわ。口の中の水分が吸い取られるみたい」
「ほら、みんな見てくれ。ついに飲める……」
急に弘樹の動きが止まり、口へ含んだばかりのお茶がこぼれ落ちる。
「おいおい。行儀が悪い……」
言いかけた翔太も一点を凝視したまま動かなくなった。
そこにいたのは、ふわふわとしたフレアスカートを纏ったユウマだった。
栗色の瞳と碧い髪、長い睫毛と薄桃色の頬。そして朝日に照らされた白い素肌がとても美しく可憐だ。
「や、やあ。おはよう」
はにかむように微笑むその表情は、少女そのものにしか見えない。
「あらぁ、ユウマさん可愛い。よくお似合いですよ。私の見立て通りのサイズでした」
マリが目をキラキラさせる。
明美も思わず駆け寄って、上から下まで舐めるように見つめた。
不安そうに裾を少し持ち上げるユウマ。
「へ、変かな?」
「変じゃないわよ。つーか、超似合っているし!」
「これからは、素の自分を出していこうと思って。前から、こういう可愛い服を着てみたかったんだ」
「なんだか急に顔つきまで変わったわ……まるっきり女の子じゃん!」
女子2人はユウマを取り囲んでキャッキャとはしゃぎ、男子2人は少女へ変身した友人を、唖然として見つめていた。
翔太が呟くように言う。
「カゲちゃんって確かに中性的だったけど、昨日までは、どちらかというと男子寄りだったよね?」
「おう」
「でも、今はすっごい美少女だね?」
「……おう」
「お前、夕べはずっとオンブしてたよな?」
「……ぉ……う」
「ダッコもしたっけ?」
「やめろっ!意識させるな」
ユウマが2人の元へ近づいてきた。
「ごめんね。寝坊しちゃったよ」
照れ臭そうに頬を掻くユウマの前で、弘樹はタコ入道のように真っ赤な顔をしたまま立ち尽くしていた。
「昨日はありがとう。嬉しかったよ」
「……」
「ほ~ら、何か言ってやれよ」
翔太が背後から弘樹の尻を指で突いた。
「だっ、大丈夫だ!うん。俺は……大丈夫」
弘樹の様子にクスッと笑うユウマ。その仕草を見て、みな蕩けるような声をあげた。
「か、可愛いな……」
「くやしいけど、仕草の全てが可愛いわ」
「ユウマさん……連れて帰りたいです」
弘樹が鷲掴みにカップを取り、お茶を一気に飲み干すとプハッと袖で口元を拭いた。それを見た翔太が、
「あっ。いま普通に持った……」
と、指差した。
「もう、体調はいいのか?」
「うん。まだ少しフラつくけど大丈夫だよ」
「そうか、良かった」
ミキが、見つめ合う2人を邪魔するように
「ウォッホン!ゴッホン!」
と、わざとらしい咳払いをしながら割り込んだ。




