第73話 修行開始
「ふざけんじゃねぇぞ。何だ、その上から目線は?ウィンウィン言いながらも、実質的に強制じゃねえか!」
弘樹は相当イラついた様子でミキを睨みつけた。
「俺はごめんだ。納得いかねえ!こんな所で修行とやらをする筋合いは無ぇんだ!拉致した挙げ句、協力しろ、修行しろだなんて、理不尽にもほどがあるぜ!早く学校へ返しやがれ」
「はげどう!」
明美も声を荒げる。
「こんなこと許されるわけ無いじゃん。拉致って普通に犯罪よ?っていうか学校祭があるんだから早く返してよ」
ミキは、憤っている2人を静かに見つめた。
「あなた達は前回の修行終了者から推薦を受けたの。そう、関本富一さんよ」
その言葉に3人がざわつく。
「さて。この話を聞いても拒否する?全員が修行を放棄したと伝えたら、きっと大目玉を喰らうでしょうね。怒った富一さんは怖いわよ」
何も言えなくなった皆を前に「ふふん」と、鼻で笑うミキ。
「あらあら。それとも始める前から逃げ出すつもり?修行がそれほど怖いの?」
ミキの言葉に腹を立てた弘樹が、腕まくりして拳を突き上げた。
「このっ!じゃあ、やってやろうじゃねえか。その修行ってやつをよ!」
傍らで成り行きを見守っていたマリが、慌てて止めに入る。
「あの、みなさんムキにならない方が……姫様の修行は半端ないキツさですよ」
だが、煽られた弘樹はすっかり興奮していた。
「うるせえっ!さあ、何でも持ってこい。速攻で終わらせてやる」
「では、さっそく始めるわよ」
ミキは静かに歩き、皆を庭のテーブルセットへ招いた。
「さあ、朝食を召し上がれ。これが第一の修行よ」
そこには白磁器のカップが5つ用意されており、マリが茶を注いで皆の前に差し出した。美味しそうなスコーンもある。
「ふざけるな!これのどこが修行なんだよ!」
弘樹は顔を歪ませて怒鳴った。
「うるさい小猿ね。文句ばかり言っていないで、まず、お茶を飲んでみてはいかが?」
しばらく睨んでいた弘樹だったが「くそっ」と言って、カップへ手を伸ばした。
だが、掴めない。ツルリと指先が滑って持つことができないのだ。何度やってもダメだった。
「さあ。あなた達もやってみなさい」
翔太と明美にも促す。
「いただきます」
と、カップを持とうとする。
だが、同じだった。まるで摩擦が無くなったように滑ってしまうのだ。
「何よこれ。滑って持てないわ」
「ハッハッハ。もう何が何だか……」
狼狽える3人の前で、ミキは腕組みして言った。
「この星で作られた物にはオドが練り込まれているので、未熟な者が触ろうとしても、物が反発して逃げていくの。今まで何の問題もなく道具類を使うことが出来たのは、あなた達を保護していたバリアがあったから。でも、さきほどそれを取り払った。これからは第一段階がクリアできた者だけが飲食可能になるわ」
そして「富一さんは、わずか八分でクリアしたわ。歴代最高記録よ」と、ウィンクした。
皆の見てる前でミキは自分のカップを手に取り、お茶を口にする。
「この惑星で、ごく普通の生活ができるようになること。これが単純にして最大の修行よ。さて、朝のお茶を飲めるようになるのはいつごろかしら」
髪の毛をサラリと掻き上げたミキが、不敵に微笑んだ。




