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第70話 つながり

「……カゲちゃん。あの、慰め話になるかどうか微妙だけど……」

 ベッド脇に座った明美が、モジモジしながら言った。

「アタシってば、家が貧乏で小っちゃい頃に近所の商店で万引きした事があるの。いや、万引きって言うか、その場で商品を食べちゃったのよ、店員さんの前で。だってどうしても食べたかったのよ。あのペロリンチョコレートってやつを。苺味とミルク味にサンドされた可愛いチョコを……」

 明美は真っ赤になった顔を両手で覆う。

「もちろん、連絡を受けたママがすっ飛んできたわ。店長さんに何度も頭を下げて謝っているママを見ると切なくなって、涙が溢れてきた……でも、それで許される筈もなく、店先で『尻叩き十発の刑』が待っていたの。皆の見ている前でケツ丸出しにされて……そりゃ恥ずかったわ。でも、ママったら私を叩きながら泣いていた。その時に思い知らされたわ。悪いことをしたんだって。で、その後、私なりに誠意を見せようと思って、一週間、商店前の掃除をしたわ」

 その出来事は石野町商店街でいまだに語り継がれており、明美が買い物に行くと、

「あの時の子が、こんなに大きくなって」

 とか

「尻叩きの子が、生徒会長になるなんて」

 などと必ず声をかけられる。

 明美は毎回恥ずかしい思いをするのだが、天罰だと思って甘んじて受け入れている。


「アタシ思うの。犯した罪は消えないけど、反省して償う事は出来る。心を入れ替えて頑張ろうとする姿勢は、誰かが必ず見ているって……ね。弘樹」

 急に声をかけられて、弘樹はビクリと身体を震わせた。

「アンタも、ちびっ子の頃はかなりのワルだったし。何度も警察の世話になってたもんね」

「俺へ話を振るなよ……」

 目を反らす弘樹へ、畳みかけるように弱みを語る。

「叔父さんに出会って空手を覚えたおかげで、ワルが改善された系?いきなり正義に目覚めちゃったもんね。ときどき暴走するけど」

「う、うるせぇなあ」

「でね、昨日モモさんと写真を見てて、子供時代のすっごい事実を発見しちゃったのよ」

「ゲッ!写真はもういい。勘弁してくれ」

 アタフタと焦る弘樹。

 明美がジャージのポケットから取り出したのは、子供達が空手道場前で並んでいる写真だった。

「これ、よく見てみ?この子、カゲちゃんに似てなくね?アタシもこれを見るまで、まるっと忘却だったわ!」


 皆が写真を覗き込む。

 蝶ネクタイとキャスケット帽の翔太。その隣には赤いジャンパースカートの明美。道着姿の弘樹。そして、白Tシャツとジャージ姿の子供が立っている。

 髪の毛を目元まで伸ばしている無表情な子供だ。

「おおっ?!」

 つい声を上げてしまった弘樹。脳内では急速に幼い頃の記憶が蘇っていた。

 いつも道場を覗きに来ていた子供だ。叔父さんは何故かその子を気に入り、稽古が終わってから道場の外で空手を教えていた。

 弘樹は叔父さんを取られたような気がして、その子を追い払おうとしていた。

 ある日、痛めつけてやろうと組み手の稽古を申し込んだ。が、逆にコテンパンにやられてしまった。それ以来、何とかして勝とうと練習に励んだ弘樹だったが、その子は徐々に道場へ来なくなり、ついには姿を見せなくなった。

「お前……あの時の子か」

 目を丸くしてユウマを見る弘樹。

「ね?ビックリでしょ?ウチらは、過去にカゲちゃんと出会っていたのよ」

 ユウマも思い出した。

 親切なオジさんの道場に通っていたとき、妙に絡んでくる子がいたことを。

 写真を見るまで全く思い出せなかった両者は、この奇妙な巡り合わせに呆然と見つめ合った。

  

「お……俺はっ!」

 突然、弘樹が大声を出して立ち上がった。

「正直なところ、念動力も両性も俄かに信じがたいし、よく分からん」

 その言葉を聞いて、翔太と明美が慌ててその場を取り成そうとした。

「そんな冷たく突き放すなよ。ユウマ君は勇気を出して告白してくれたんだ」

「まあ、アンタの筋肉脳だったら、理解できないのも無理もないか……」

「違う!話の内容がどうであれ、友達という気持ちは変わらない、ということだ!」

 弘樹が怒鳴る。

 皆がシンと静まった。

「こんな風に洗いざらい話してくれた勇気に俺は応える。泥棒を後悔し、罪滅ぼしをしたいというなら、俺も手伝う。だから見捨てることはしない!それに、両性だろうが何だろうが、生きたい方向は自分で選択できるし、いま無理に決めなくたっていい。だけど、お前がこれだと決めた事はそのまま受け止めてやる。お前を馬鹿にするヤツは、俺がぶん殴ってやる」

 ポカンと口を開けたままの皆が弘樹を見つめる。


 彼は両方の拳を握りしめ、真剣な表情で言った。

「お前は妖怪じゃない。今も昔も、そしてこれからも普通の人間だ。泥棒でも独りぼっちでもない。空手ジジイの弟子であり石野学園の生徒。そして俺達の友達、景安ユウマだ」

 弘樹を見ていたユウマの両目が徐々に潤み始め、大粒の涙がこぼれ落ちた。

 翔太と明美も涙ぐんで「なにカッコつけてんだ」と、弘樹の体を小突く。

「ありがとう……ありがとう」

 そう言いながらボロボロと涙を流すユウマを囲んで、皆が肩を抱き合った。

 黙座していたミキがニッコリ笑った。

「よく告白したわ。褒めてやろう」

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