第68話 謝罪
瞼越しに暖色系の光を感じる。
右手を少し動かしてみると、柔らかいベッドの上で寝かされている事に気がついた。
ほのかなポプリの香り。清潔なシーツの肌触りがとても心地良い。
ユウマはうっすらと目を開けた。
薄暗い北欧風の室内が見える。ベッドサイドテーブルにはランプと一輪挿しの花瓶。
ここはどこだろう。いつの間にこんな所へ来てしまったのだろう……ああ、そうだ。自分は気を失ったんだ。
視線を動かすと、ベッド脇の椅子へ座って心配そうにこちらを見つめている弘樹の姿が見えた。
「気がついたか?」
いつもと違い、震えるような小声だ。彼は頭を下げて謝罪を始めた。
「すまなかった。友達に乱暴するつもりはこれっぽっちも無かったが、興奮してつい力が入っちまった」
驚くユウマを前にして、弘樹はさらに頭を下げ続けた。
「お前に聞きたい事は山ほどあるが、まずは首を絞めてしまった事を謝らせてくれ。どうか、この通り……」
弘樹はこんな自分をまだ友達と呼び、そして自らの非を認め許しを乞うている。
ユウマの心の中では切なさと罪悪感が溢れた。
神社でのメチャクチャな戦い方をユウマは覚えていた。抱いていた憎悪が増し、恨みや呪いが沸き起こり、自分ではコントロール出来なくなってしまったのだ。
大門に妙な玉を飲まされて操られていたとはいえ、あのどす黒い感情は紛れもなく自分のもの。今まで我慢してきた屈辱や苦しみが形となって表れたのだ。
「こっちこそ、ごめん。痛くなかった?怪我してない?ゴメンよ。本当にゴメン」
「俺のことは気にするな。軽い打撲程度で済んだ。それより、お前に暴力を振るってしまったことの方が重大だ。申し訳なかった」
深く頭を垂れる弘樹の姿を見て、ユウマは両手で顔を隠すように泣き出してしまった。
「悪いのはオレなんだ。正義の泥棒だって言われて、クロワッサンも食べられたし、お風呂にも入れたし、それで鍵も開けて……それで……」
「お前が何を言っているのか全くわからんが、とにかく俺が悪かった」
「謝らないでよ。やめてよ。やめてよう」
二人は必死に謝り合った。
寝室のドアが開いて明美と翔太、そしてミキが入ってきた。
「アンタったら、またカゲちゃんを泣かしてるの?」
「違う!オレは、見ての通り謝罪を……」
「目覚めたばかりの病人を困らせては駄目よ」
ベッドサイドから弘樹を追い払ったミキは、ユウマの喉元や額を触った。
「うーん。まだ貧血気味ね」
ユウマはシーツで顔を覆った。
自分を見つめる皆の視線が痛い。会わせる顔がない。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
と、何度も呟く。
こんな事なら、大門と刺し違えて死ぬべきだった。いや。あのまま弘樹に首を絞められて、死んだ方が良かったのかもしれない、と考えた。
そんなユウマの苦悩の様子をじっと見ていたミキが優しく語りかけた。
「なぜ、皆をここへ連れてきたのか、ここはどこなのか、大門や我らは何者か……説明したいことは沢山ある。だけど、まず、あなたの釈明の方が先だと思うわ」
そして、こちらを心配そうに見ている皆を指差す。
「この者達はユウマを友人だと語り、弘樹も先程のように許しを請うため必死に謝罪をしていた。一方で、あなたもこの3人を大切な存在で失いたくないと思っている」
ミキはユウマの頬の涙を一撫でするとベッドから離れ、窓際の椅子へ座った。
「全てを明らかにし、罪の告白をすべきよ」
罪の告白……ずっとやりたくても怖くて出来なかった事だ。
でも、この機会を逃すと一生後悔することになる。オレを友達と呼んでくれる皆のためにも誠意を見せなくちゃ。
もう、泥棒は嫌だ。罪悪感に苛まれるのは嫌だ。自分の事を隠し続けてコソコソと生きるのは嫌だ。
ユウマは潤んだ目で皆を見つめ、深々と頭を下げた。
「学校でパンを盗んでいたのはオレです。捕獲システムを壊す事とキューブを盗む目的のために科学工作部へ入部しました。本当にごめんなさい」