第67話 長老
ガス灯の青白い炎に照らされた石畳の道が、建物の間を網目のように広がっている。
家々はレンガや石造りが多く、どこかレトロで懐かしい雰囲気を感じる佇まいだ。歩道には花が並ぶプランターやベンチがあり、ケルト音楽のような弦楽器と笛の音も聞こえる。
「西洋のような、東洋のような……まるでゲームに出てくるような町だ」
翔太が辺りを見回しながら呟く。
「看板の文字が読めないわ。あれは何語?」
「俺達はとんでもない所に来ちまったようだな。きっとミキも化け物に違いない。隙を見て逃げた方がいいかもしれんぞ」
弘樹がヒソヒソと呟く。だが、明美が口を尖らせて抗議した。
「逃げるって何処へよ」
「そうそう、逃げ場なんて無いよ。とりあえず言うことを聞いておいた方が賢明さ」
まったりと言う翔太。
「お前、本当はワクワクしているだろう?好奇心全開って顔つきをしているぞ」
弘樹が呆れるように言うと、翔太は「バレた?」と舌を出して笑った。
大通りへ辿り着いた。
そこには様々な店が軒を連ねており、路面電車の姿も見えた。
人々は珍しそうに一行を眺め、家の窓から顔を覗かせている姿も見える。彼女が歩くと町の者達が進路を開け、静かに会釈していた。
彼らは和装や洋装に似た服を纏い、みな無表情ではあるが物腰が柔らかだった。
一見すると人間のようだが、耳が大きく尖っていたり、頭に角のような突起物があったり、まるで映画に登場する妖精や宇宙人の姿を思わせた。
先頭を行くミキが言う。
「皆、私と同じ人造人間よ。有機半導体で組み上げられた脳。人工繊維製の皮膚と筋肉。動力源はオド。新陳代謝もするし痛覚も味覚もあり、傷が付けば血も流れる。心があり性格も違う。つまり魂が宿っているのよ」
「人造人間というなら、作った人がいるんだろう?それは誰だい?会ってみたいな」
翔太の質問に、ミキは少し間を置いてから答えた。
「……私達が創造主と呼んでいた人達よ。でも、ずいぶん昔に絶滅してしまったの」
淡々と、しかし、どことなく寂しそうに言うミキの横顔を見て、翔太はそれ以上の質問をやめた。
先の交差点まで進むと、そこに5人の老人達が立っており、ミキを見ると胸へ手を当て敬礼をした。
「彼らはこの国の長老会の者達よ」
羽織袴やスーツ姿の老人達だ。長い口髭の者、角や牙が生えている者もいる。
「お帰りなさいませ。姫様」
「今回の客人は随分と多いですなあ」
「予定されていたのは2人だけだったのでは?」
4人を取り囲んで珍しそうに眺める彼ら。明美は怖がって翔太にしがみつき、弘樹は「それ以上、近寄るんじゃねえ」と、拳を見せて威嚇した。
長老の1人がユウマを見て言った。
「この大男に背負われた者、随分とオド量が多いですな?」
「ええ、そうよ。それに雌雄未分化という特徴を持っているの。私達の目標へ深く関係する可能性があるから連れてきたのよ」
長老達が一斉にざわつく。
「雌雄未分化ですと?!」
「それは大変貴重な存在です」
「良く巡り会えましたな」
「説明は後にするわ。さあ、あなた達を紹介するから並んでちょうだい」
ミキは老人達を一列に並ばせて紹介していった。
「左から流星爺さん。次が北斗漢爺。そして清涼粋爺さん……」
「ちょっと待って。どうして揃いもそろってキラキラネームなのよ?」
明美が頬の筋肉をひくつかせながら問う。
すると、ミキが不思議そうな顔で答えた。
「人間界ではこういう名前が流行っているんでしょう?あなた達が早く親しめるよう名前を変えたのよ」
何と答えて良いのか分からなくなった明美が、絶句したままミキと老人達を交互に見つめる。翔太が苦笑いしながら、それを取り成すように応えた。
「……気を使ってくれてありがとう」
「どういたしまして。分かってくれて嬉しいわ」
ニッコリ笑ったミキが、再びロバの歩みを進めた。
その背後で翔太が明美に耳打ちしていた。
「かみ合っていない部分はあるけれど、一応、僕達に配慮しているようなので、合わせていこう」
「そ、そうね」
町を一望できる坂道を登った一行は、大きな屋敷の前で止まった。
まるで、童話から抜け出したような石造りの洋館だ。
周囲を大きな木々に囲まれており、その木の枝にはたくさんのランプが吊るされ、街灯のように屋敷と周囲を照らしている。
「さあ、入って。特にユウマは早く休ませた方が良いわ」
ミキに促されて、皆は屋内へ入った。




