第62話 姿を見せた大門
少女が振り返り、弘樹を睨んだ。
前髪の隙間から覗く目は焦点を失って充血し、濃いめのルージュが引かれている口からはダラダラと涎が流れている。
その頭の中では、憎しみと暴力を掻き立てる言葉が渦巻いていた。
過去の嫌な記憶がマグマのように湧き上がり悲しみや憎しみに体が震える。
「嫌だ……もう嫌だ。でも憎い、憎い。皆から馬鹿にされない為には、願いをかなえるしかないんだ」
その不気味な様子に、弘樹は本能的に危険を感じて後ずさった。
弾丸のように突進してきた少女が、弘樹の鳩尾を目がけてパンチを出した。
それをいなした弘樹が左ストレートで彼女の顔面を狙う。
バック転でそれを避けた少女は、すぐに体制を整えてキックの連続技を繰り出してきた。
弘樹はその速効攻撃に翻弄され、何発か顔に当たってしまった。
攻撃を止めるべく足払いをかけると、少女はそれを躱すようにジャンプし、弘樹の首へ手刀を向けた。
「待てっ!キューブを渡す」
その声で、少女の動きが止まった。
翔太は首から提げていたペンダントを投げた。片手でそれをキャッチした少女は、何事も無かったかのように踵を返し、その場から去ろうとした。
「おい。ユウマ!」
弘樹が蹴られた頬をさすりながら、その背中へ呼びかけた。
少女がハッと歩みを止める。
「お前、ユウマなんだろう?顔を見せろ」
「知らない……ユウマなんて知らない……」
少女は背を向けたまま否定する。だが、語尾は蚊の鳴くようなかすれ声だった。
その時、鳥居の陰から大門が現れた。
明美がハッと気がついたようにその姿を見た。彼の手にはミキが抱かれていたからだ。
「あれって、先生だよね?ミキと一緒にいるわ」
手を振って駆け出そうとした明美。その肩を翔太が慌てて掴んだ。
「きっと、あいつが黒幕だ」
弘樹も頷く。
「うむ。この時間この場所にミキと一緒に来るなんて、偶然じゃねえのは確かだぜ」
大門は女子生徒に向かって「よくやった」と称賛した。
「堕霊の力だとはいえ、あんなに戦えるとは想定外でしたよ。それにしても君は変な人ですね。この後に及んで姿を晒したくないと変装をするなんて」
大門はペンダントを奪うように取ると、頭上へ掲げ高らかに笑った。
「これが4つ目のキューブか!ここに最後のオドが入っている。この時をどれだけ待ったか……ああ、素晴らしい!」
大門は3つ目のキューブをポケットから取り出すと、酒を煽るように中身を一気に飲み干した。
ブルブルと震え始めると同時に、身体中から濃い紫色のオドが勢いよく立ち上り始めた。
大門が変身を始める。
顔は陶器のように真っ白になり、背丈が縮んでいく。皆が見ている前で、金色の目と肉食獣のような両指の鉤爪を持つ、不気味な少年へと変わった。
「へ……変身した?!」
3人が顔を見合わせて絶句する。
彼は両手を御神体のトーラス岩へ向けた。
「フンッ」
気合いを入れると、梵字のような光る模様が岩肌に浮かび上がり、穴部分が白っぽく霞み始めた。
キーンという耳鳴りに似た音が周辺へ響くと同時に、境内の地面から何本もの光の柱が立ち上った。
「思った通りだ。3つ目のキューブでスターゲートが起動し、そして最後のオドで使用権を得ることができるのだ!」
周囲の木々達がザワザワと揺れ、驚いた鳥たちが飛び立つ。
翔太達は思わずその場へしゃがみ込んで、耳を塞いだ。
「ちょっと何これ?ヤバいんじゃない?!」
「叔父さんから聞いたことがある。この神社の御神体は、太古の人間が妖怪と交流するときの儀式に使っていた、と。まさか、これが……!」
大門がペンダントトップの円柱を指で摘んだ。
「さあ、最後のオドを飲むぞ!冥界へ戻り、時間の壁を越える力を手に入れるのだ!」
「そうはさせないわ」
大門の腕の中で周囲の様子を静かに眺めていたミキが言う。
そして次の瞬間フッと姿を消し、ほぼ同時に境内の中央に現れた。
彼女はその場で一回転し、まるでマジックのように女子生徒から巫女の姿へと早変わりした。




