第61話 ハイキック少女、再び
小川で馬に水を飲ませて落ち着かせ、何とか校庭へ辿り着いた頃には陽はだいぶ上がっており、校門が開かれる時刻が迫っていた。
敷地内の林道を進み、鬱蒼と茂る木々の間を行くと学園神社が見えてきた。
すると、馬達は何かを感じ取ったのか、耳をレーダーのように気ぜわしく動かしながら歩みを止めてしまった。
「神経質になっているね」
「ああ、そのようだな。ここからは徒歩で行こう」
話し合う翔太と弘樹を交互に見つめながら、明美は首を傾げた。
「なに?どうしたの?」
「たぶん、神社に誰かいる事を察知したんだよ」
「馬ってぇのは、かなり臆病なんだ。さっきバイクに追いかけられたのがショックなのさ。神社によく分かんねえ奴がいるって感じたから、ビビって先に進めなくなったんだ」
3人は馬を下りて用心深く神社まで歩いた。門は開いていたので、そのまま境内へ進んだ。
赤く大きな鳥居。阿吽の狛犬。背後を木々に囲まれた本殿。
周囲を見たが、誰の姿も無かった。
本殿の扉は開けられており、高さ2メートルほどのドーナッツを半分に切った形の岩が見える。学園神社の御神体だ。
隠し童が出現すると言われている廃神社に祀られていたもので、この近辺の土地を買収した富一が私財を投入して再建したのだ。
明美は手を合わせ「ミキが無事なように」と祈った。
「おい。見ろ」
と、弘樹が指差す。
鳥居の下に、河野が立っていた。
「ちょっと、ミキはどこなの?!」
慌てて駆け寄ろうとした明美だったが、翔太がそれを止めた。
「アイツ、ますます変になっている」
確かに河野の顔が更に変形していた。
耳まで裂けた口の隙間からは収まりきれない長い舌が伸び、涎をダラダラと垂らして襟元を汚している。手脚も妙に長く湾曲し、袖や裾からはみ出していた。
河野のしゃがれた声が聞こえた。
「おい。キューブを持って来たのか?」
翔太がそれに答えた。
「ああ。持って来た」
「よこせ」
「ダメだ。先にミキ君を解放しろ。彼女はどこにいる?」
「うるせえ!さっさとよこしやがれ」
「じゃあ、キューブは渡せない」
「クソ野郎!俺様を馬鹿にする気か?」
自分の頭を掻きむしった河野が突進してきた。
弘樹が皆を庇うように前へ出て、体当たりされる直前で、その顔面に膝蹴りを浴びせた。
まともにその攻撃を受けたはずの河野だが、そのまま弘樹にタックルした。勢いに押された弘樹は、背後の立木へ激突してしまった。
「ぐはっ!!」
その衝撃に悲鳴を上げる弘樹。
「ヘッヘッヘ。どうだ思い知ったか」
河野の尋常じゃない強さに弘樹は焦った。
自分の強さを確信した河野が、めちゃくちゃにパンチを打ってきた。
チャンスだ、と弘樹は構えた。これを避けて、俺の左ブローを奴のボディに叩き込めば……。
だが、河野のパンチは速かった。
何てスピードだ。やられる!と、弘樹が咄嗟にガードした。
が、直前で止まった。黒髪ロングの女子生徒が、河野の脇腹へキックを浴びせていたのだ。
「あの時のハイキック女子だ!」
彼女がいつの間にやってきたのか、弘樹は全く気がつかなかった。
衝撃で弾き飛ばされた河野は、地面をバウンドするように転がった。
乱れた前髪の隙間から河野を見下ろす女子生徒。彼女は呟くような低い声で言った。
「キューブはオレがいただく……冥界へ行って、願いを叶えるんだ」
勢いよく立ち上がった河野が、彼女へ飛びかかった。
「俺の手柄を横取りする気かっ?!」
メチャクチャにパンチやキックを繰り出す。少女はその攻撃を巧みに受け流したが、そのうちの1発がスカートの一部を切り裂き、白い太股が露わになった。
少女は右手の平を向けて念動力を発動させた。
河野の身体は本殿の屋根より高く上昇し、そのまま落下した。
だが、地面へ激突する瞬間、河野は四肢を大きく広げて蜘蛛のように着地した。そして、牙を剥きながら唸り、犬のように四つ足で走る。
女子生徒は腰を回転させると、彼の側頭部に目がけて回し蹴りを入れた。
河野は地面へダウンし、ついに動きを止めた。
弘樹は瞬きを忘れ、驚愕の眼差しで彼らを見つめた。
なんだ、この戦いは?!体術だけじゃなく、超能力みたいなものまで使ってやがる。
ふと、翔太の言葉を思い出した。
『ユウマ君が超常的な力を使ったとしか思えない』
「……まさか?」
弘樹は女子生徒を凝視した。