第59話 学園神社へ
「AIからの結果が出た後、どうしても気になってユウマ君の事を調べてみようと思い、学生課の個人ファイルにハッキングしたんだ」
「あんたってば、またそんな事やったの?……でも、いいわ。続きを聞かせて」
明美の言葉に頷き、翔太は静かに語った。
「入学前に保護者の祖母が亡くなったと書かれていた。きっと、貧困に苦しんで仕方なくパンを盗んでいたに違いない。頻繁に泥棒が出現したのが入学式直後から1ヶ月半の間なので時期的に合っている。やがて、パンを盗むユウマ君と、それを目撃した誰かが接触した。弱みに付け込んで言うことを聞かせ、支配下へおいた。その者の目的はキューブ。盗み出してでも欲しいものなんだろう」
弘樹は掴んでいた翔太の襟を離し、
「すまん」
と言った。
「僕は、ユウマ君が悪い人間だとは思えないし、妖怪だとも思っていない。だって、僕らと会っているとき———特に弘樹と会っているときは本当に楽しそうだから」
「うんうん。それ、私も感じていた。あれは恋する乙女の目よ」
明美も激しく頷く。
「明美先輩も、翔太さんを見るときは乙女だもんね?」
悪戯っぽく笑うミキ。明美の顔が赤く染まっていく。
「やっ、やめてよ。こんな時にからかわないでっ」
「真相はユウマ君と合流した後にゆっくり聞こうじゃないか。わざわざ『出かけてくる』と書き置きを残したんだから、帰ってくるつもりなんだろう。僕らの元に」
白い歯を見せて笑う翔太。
皆が静かに頷いた。
いつのまにか、窓の外は明るくなっていた。
上りかけの太陽が東の空を朱色に染め、広大な学園牧場を照らし始めた。
「ところで翔太先輩。この子たちに乗って逃げられませんかぁ?」
ミキが馬を指さして言った。
「馬……そうか、その手があったか」
「ナイスアイデアでしょう?ねえ、ミキを褒めて」
と、翔太の腕に抱きつく。
「アンタねえ。どさくさに紛れて何やってんのよ」
「馬なら牧草地を縦断して20分ほどで学校へ辿り着ける。常駐している警備員に助けを求めよう」
「はいはーい。ミキってば、何とお馬さんに乗れます」
彼女は嬉々として馬に鞍をかけ、厩舎から出るとアケビに跨がった。
『なによあの子ったら。乗馬できる事をアピールして翔太の関心を引こうとしているのね』
明美はプウと頬を膨らませた。何だか負けたような気がして面白くなかったのだ。
だが、2人乗りを開始すると一気に上機嫌になった。なぜなら、背後から翔太に抱かれるような体勢になったからだ。
「う、う、馬の2人乗りって、こんな感じなの?」
上ずった声で聞くと、翔太が恐縮そうに頷いた。
「窮屈でごめん。疲れたら言ってね」
心臓の鼓動を感じるほど密着する2人の身体。翔太の吐息が首元にかかる度に、キュウと肩が震える。明美はこの機会を作ってくれたミキに心から感謝していた。
4人を背に乗せて緩やかな丘陵地を進んでいく3頭の馬。
東の空からは陽が昇り始め、白んでいた空が徐々に朝焼けのオレンジ色に染まってきた。
目の前に広がる美しい牧歌的な風景と、背中から伝わる翔太の体温に挟まれ、明美はこの上ない至福感に包まれていた。
10分ほど歩いた頃だった。馬達の落ち着きが無くなってきた。
「なんだ?」
辺りを見回した翔太の耳に、エンジン音が聞こえてきた。
皆がハッと振り返る。
バイクに跨がった河野が、背後から追いかけてくる姿が見えた。
馬達は怯えて嘶き、そして自分達の住処である厩舎へ逃げ帰ろうと逆走し始めた。
翔太は手綱を操り、なんとか方向を変えようとしたが、馬は言うことを聞かなかった。
河野の怒鳴り声が聞こえてきた。
「逃げようたって無駄だ!」
派手なエンジン音に馬達は翻弄され、闇雲に走り回る。落ち着かせようと宥めても制御できず、皆、振り落とされないよう必死にしがみついた。
「コイツを貰っていくぜ」
河野がミキの背中を掴み上げた。
「きゃああ!先輩たすけてぇ!」
「ちょっとやめなさいよ!ミキを返して!」
明美は必死に手を伸ばして後輩を取り戻そうとしたが、あと数センチ届かなかった。
「このチビッ子は人質だ!無事に返してもらいたかったら、キューブを持って来い!神社で待ってるぜ」
助けを求めるミキを抱えて、河野はそのまま走り去っていった。




