第58話 翔太のペンダント
3頭の馬たちが早朝の来客を珍しそうに眺めていた。
目を丸くして驚いたミキは、各馬房に掲げられているネームプレートを読み上げながら子供のようにはしゃいだ。
「スッゴーい!お馬さんがいるなんて信じらんな~い」
「叔父さんの馬さ。僕と弘樹は子どもの頃ここに来て、勝手に乗って遊んでいた」
「へえ。サクラ、イナホ、アケビ、みんな可愛い」
緊張感のかけらも感じさせない後輩へジロリと視線を送った明美は、はぁと溜め息を吐いた。
「あの河野ってやつ、普通じゃないわ。自宅まで乗り込んでくるなんて……」
「ああ。確かにその通りだ。奴の力は人間離れしていた」
弘樹が赤く腫れ上がった両手の防御痕をさすった。
着の身着のままで逃げ出してきたので、4人ともジャージやスウェット姿。靴も履いておらず裸足のままだった。もちろんスマホも部屋へ置きっ放し。外部との連絡は出来ない。
「河野の言っていた宝とは、例の金色キューブの事だったのか……」
翔太の呟きに、皆が注目する。
明美が自分の肩を抱いて身震いしながら言った。
「あれって、単なる南米土産でしょう?なぜ、そんなものを奪いたいの?なんだか、気持ち悪いわ」
「実は土産ではなく、理事長の私物だったんだ。学校の各所に保管していたけど、3つが何者かに盗まれた。科学工作部の部室に1個あったし、僕は理事長の親族だからキューブを持っていると思ったんだろう。だから奪いに来たんだよ」
「アイツ、ボスの存在を臭わしてたよな?一体誰だ?」
弘樹が腕を組み、ギリリと奥歯を噛み締めた。
「ねえ。翔太は実際にキューブを持っているの?」
翔太はその問いに「その事なんだけど……」と言いながら、首から下げているペンダントを手の平へ乗せた。
「キューブというには形状が遠いけど、これかもしれない」
弘樹と明美が両脇から覗き込む。
ペンダントトップには、石なのか金属なのか分からないが、細い円柱状のものがぶら下がっている。大きさは3〜4センチほどだろうか。
「部室に来た叔父さんが例のキューブを置いて行った時にこれも渡された。これしか思い当たらない」
「翔太がいつも身に付けている物でしょう?お守りだと思っていたわ」
「大事なものだから誰にも見せるな、と言っていたんだ」
「何よ、あのオッサン!どうしてそんな危険な物を翔太に預けんのよ!やっぱり、次に会ったらヤキ入れるわ!」
その時、バサバサという音が厩舎の外から聞こえ、皆がビクリと身体を強ばらせた。
弘樹が窓からそっと外を覗く。
「カラスだ」
みな安堵の溜め息をついた。
「そのキューブって何だ?セキュリティを突破し、玄関をぶっ壊してでも欲しいものなのか?クソッ!腹立つぜ」
弘樹は拳で地面を殴った。
「隠し童の騒動が始まってから、訳が分からん事が多すぎる。どうして俺たちが、こんな事に巻き込まれちまったんだ?」
「ホントそうよね。隠し童って死神とか祟りみたいなもんじゃないの?」
「その事なんだけど……」
翔太が低い声で静かに言った。
「パンやキューブの窃盗。謎の移動物体。隠し童と戦っていた謎の少女。そして、河野の襲撃……全て関連しているんじゃないかって思うんだ」
眉間にしわを寄せ、珍しく深刻な表情をした翔太が、言葉を選ぶようにゆっくりと語り始めた。
「実は先日、AIによって1つの可能性が出されたんだ。巫女服で校内を逃げ回った少女、そして神社で隠し童と戦っていた女子生徒、その写真を解析した結果、景安ユウマとのマッチング確率が92パーセントだった」
目を大きく見開いた弘樹、明美、そしてミキがお互いを見つめ合う。
「泥棒=ユウマだとしたら、色々とつじつまが合う。初めは巫女服を着てパンを盗み、次にキューブを盗み、そして本物の隠し童と戦っている最中に僕らと遭遇して、弘樹に蹴りを入れて……」
弘樹が勢いよく立ち上がった。
「それは単なる推測だろ?犯人と呼ぶには、まだ……」
「もちろんだ。あくまでも僕のAIによる推測に過ぎない。だけど、良く思い出してほしい。ユウマ君との最初の出会いを」
「……鍵のかかった科学工作部の部室に入ってきた」
「しかも、昨日、ユウマ君はビルの鍵を開けた。防犯システムの整った電子錠を道具も無しに開けるなんて、特殊な能力を使ったとしか思えない」
「ちょっと待てよ。何なんだよ、その能力ってやつは?!」
「学校で盗みのあった時間帯に、防犯システムが何者かによってハッキングを受けて停止していた。機械的なアクセスの痕跡が無いにも関わらず、だ。なにか超常的な力を使ったとしか思えないんだ」
「その犯人がユウマだと言うのか?あいつも妖怪の一人だと?どうして今になってそんな事を言うんだよ!夕べは、さんざんユウマのことで煽って来やがったクセに!」
翔太の襟に掴みかかった弘樹。
「やめて!」
明美が立ち上がり叫んだ。
「……このことを、どうやって皆に伝えようかと悩んだ。僕らは科学工作部の仲間で、友達だ。こんな事を言えば、必ず友情に亀裂が入るなんて分かっている。でも、なぜ言ったと思う?」
翔太は弘樹の目を真っ直ぐに見て言った。
「ユウマ君は、誰かに操られているか、脅されている」
怒りの表情だった弘樹の顔が、その言葉で素に戻った。




