第56話 堕霊の結晶玉
「や、やめろっ!」
遠藤が両手で頭を押さえた。
「オレの頭ん中を覗いたな!?記憶が勝手に再生されやがったぞ。どうして、隠し童みたいな技をお前ぇが使えるんだ?……何てヤツ!何てヤツだ!」
言われて気がついた。
そうだ。オレも隠し童に出会ったときに記憶を探られたんだっけ。
真実を知りたいという気持ちで遠藤に触っただけで、同じ事が出来てしまった。と、自分の両手を見つめた。
「クソッ!頭が痛え……ガンガンする。思い出したくねえ事を、よくも!」
頭を抱えた遠藤が床に座り込み、苦しそうな声を漏らしながら気を失ってしまった。
それと同時にドアが開き、採点したばかりのプリントの束を抱えた大門が忙しそうに入ってきた。
「やあ。2人とも来ていたのですか。人間界で怪しまれないよう過ごすためには、こういった雑務もこなさなければ……」
大門は床へ蹲った遠藤を見て首をかしげた。
「おや。喧嘩でもしていたんですか?揉め事は勘弁して下さいよ」
ユウマは大門の前を塞ぐように立ち、すがるように尋ねた。
「なあ。オレ達はキューブを奪って、生け贄にされる学生を助けているんだよな?隠し童と理事長の悪巧みを暴くんだよな?初代の隠し童とか、恨みを晴らすとか、嘘だよな?」
何も答えず、笑顔のままユウマを見ている大門。
「冥界に行けば、願いを叶えられるんだよな?」
肯定して欲しかった。
自分が今まで行ってきた事は正しい事だと言って欲しかった。
だが、大門は何も答えずに見つめているだけだ。彼の細い目から覗く瞳には、底知れぬ冷たさが感じられ、口をつぐんだユウマは一歩二歩と後ろへ下がった。
疎外感に苦しみ、自暴自棄になっていた自分。
空腹を満たすために仕方なく始めた泥棒。
そんなときに現れた大門と遠藤には救われた気がしていたし、願いが叶うと聞き、とても期待していたのだ。
だが、実際には利用されていただけだった。こいつらも、他の大人達と同じじゃないか。
ユウマは鋭い目つきで大門を睨んだ。
「アンタ達の復讐の為に使われるのは嫌だ。もう、報酬はいらない。オレは降りる。この件から手を引く」
その言葉に大門はスッと真顔になった。
「残念ですが途中下車はできません。終点まで付き合って貰います」
伸びた手がユウマの頭を掴み、そのまま勢いよく床へ倒された。背中に受けた強烈なショックで目の前に星が飛ぶ。
「どうやら遠藤君が余計なことを言ったようですね。そう。私は初代の隠し童さ」
「は、離せっ」
「冥界から来た妖怪だと言われていますが、本当は別の惑星の人造人間なんです」
押さえつける大門の力は強く、ユウマはジタバタと抵抗するしかできなかった。
「私の創造主は、とても優秀な者達でね、霊力を科学的に解明しオドと名付けてコントロールし、様々な技術に応用しました。その一つがスターゲート———そう、学園神社の御神体です。あれは異星と地球を亜空間でつなぐ転移装置。昔のものですが、まだ動くんですよ」
大門はテーブルの上に転がっているキューブをチラリと見た。
「マスターは地球と異星の交流を持続させるため、4つのキューブへ自らのオドを封入して太古の地球人へ託した。人間側からゲートの起動を可能にする為の鍵です」
そこまで語ると、大門はフウとため息を吐きながら首を細かく振った。
「訳あって、私は冥界へ帰りたいのですが、困ったことに堕霊化した私ではゲートを開けられません。なので、4つのキューブの中に込められたマスターのオドが欲しかったのです」
「オレを騙したな!」
「ええ、そうです。君にはまだ働いてもらいます。4つ目のキューブを手に入れるまでね」
彼の口が大きく開いた。
ウネウネと蠢く長い舌の上に紫色の結晶玉が乗っていた。
「これは堕霊化した私のオドの一部。体内に入ると邪心や欲望と合わさって人間以上のパワーを引き出せます。遠藤君もこれを飲んで私の仲間になりました。さあ、君もどうぞ」
「い、いやだっ!」
「そうそう。河野という男子生徒もこれを飲みました。4個目のキューブを奪ったら、ユウマ君を好きにして良いと言うと、とても張り切っていましたよ。バカな男なのであまり期待はしていませんが、まあ、何かの役に立つくらいは出来るでしょう」
大門はユウマの口を限界までこじ開け、結晶玉を無理やり喉へ突っ込んだ。
手足をバタつかせ激しく抵抗していたユウマだったが、徐々にその動きは緩慢となり、ついには動かなくなった。




